いつだって僕は
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放課後、久しぶりに呼び出しをくらった。最近はこれといって暴れてもいないし、この前の考査で最低点の記録を更新した訳でも無かったから、恐らく不満と怪訝の入り交じった可笑しな顔をしていたんだろう。教務室の四角いデスクを挟んで向かい合わせた担任が苦笑しながら、進路のことなんだが、と前置きして言った。
―――○○大学は、難しいな
先週末に配られた進路希望調査書へ、ダメ元で書いた大学だった。正常な思考回路で考えれば、俺の偏差値と内申じゃあ絶対に行けないことぐらい分かっていたし、別に行きたい学部が有る訳でも無い。それなら何で書いたのかって、あいつが行くからだ。無理だと分かってはいても諦められないことってのが、人間誰しも有ると思う。俺の場合こいつがそうだった。そりゃああいつは、今をときめく大企業ボンゴレの御曹司様だし、授業中爆睡してやがる癖に考査はいっつも学年トップ10入りだし、俺なんかじゃ手の届かないような大学でも難なく推薦の枠を勝ち取ってしまうのも無理は無いのだ。合格は誰が見ても確実だった。
「…で、何て顔してやがんだ」
廊下の壁に背を預けて、何とはなしにあいつを待っていた。ここを通る確証なんて無かったし、もう帰ってしまっている可能性の方が高かった。それでも待っていたのは、俺がそうしたかったからだ。
「あんたを待ってたんだぜぇ」
得意気に笑った俺を一瞥して、ザンザスは進行方向を戻した。そのまま俺を置いて行こうとするものだから、慌てて後を追ったらもう一度俺の方を向いて片方だけ口角を上げた。
「どうせ行きてぇ大学無理とか言われたんだろ」
「ッ、そんなに顔に出てるかぁ!?」
咄嗟に顔を隠した俺を見てブハッと噴き出したあいつは、心底愉しそうに俺の髪を一束掴んだ。
「どこ書いたんだよ」
普段よりも少しばかり饒舌なのは、どうやら珍しく機嫌が良いようだ。
「…言いたくねぇ、」
髪を掴む手に力が入った。痛い。せっかく良かった機嫌をみすみす壊すようなことは、いくら殴られ慣れている俺でもしたくなかった。
「……○○大学」
時間に換算すれば一瞬の沈黙でも、俺にとっては恐ろしい程長い静止だった。紅の瞳が俺を見つめている。噴き出すかと思ったら、呆れたみたいに溜め息を吐かれた。
「お前、相当なカスだな」
ああそうだよ、どうせ俺は身の程知らずの馬鹿野郎だ。そんなことは言われなくても解ってる。
「大体、何でそこなんだよ」
おい、と髪を引っ張られて思わず顔をしかめた。お前が行くから、なんて本人目の前にして言えるか、言えねぇだろ普通、気付けよ聞くなよ。いつもなら怖いぐらい冴え渡っているこいつの直感は、こういう時てんで使い物にならない。答えないでいたら、あからさまに舌打ちをされた。舌打ちしてぇのはこっちだ、このやろう。口に出して言ったらそれこそ舌打ちどころじゃあ済まなくなるから、心で思うだけに留めておくことにする。
「笑えてねぇんだよ」
「…はぁ?」
唐突の台詞に頭が付いていかなかった。俺のことだろうかと目を瞬かせていたら、お前以外居ねぇだろ、と睨まれた。笑えてないとは一体どういうことだろうか。
「どういう意味だぁ?」
「…てめぇで鏡見ろ」
それきりザンザスは何を聞いても黙ったままで、今度こそ俺に背を向けた。またこいつに置いていかれるのか。それはそれで仕方無いような気もするけれど、何だかムカついたので隣に並んでみた。
「ついでだろ、一緒に帰ろうぜぇ」
ザンザスは肯定もしない代わりに否定もしなかった。俺はその沈黙を自分の良いように捉えて、隣にあるザンザスの横顔を盗み見た。いつも斜め前の視界を占領しているこいつの背中が定位置に無い。それだけでもう心臓は悲鳴をあげている。普段より近い位置にザンザスの体温が在って、着崩した制服のポケットに突っ込まれた腕が触れそうな距離に在った。
「なぁ、」
「あ゙?」
「…卒業したら離れ離れだなぁ」
何でもない風を装ってそう言ってみた。別に寂しいだなんて思っちゃいない。ただ事実を述べただけだ。隣のザンザスをチラリと伺ったら目が合って、鼻で笑われた。
「離れる気なんかねぇがな」
「……はぁ?」
意味が解らなくてそう聞き返すのは今日で二度目だ。だって今、こいつはトンデモナイことを言った気がする。
「あと1年、お前が俺に追い付いてみせろ」
今の俺はきっと気持ち悪いくらいに笑っている。けれど今だけはそれも見逃していただきたい。どうやらこいつは進路希望調査書に書かれた大学名の意味を、しっかりと分かっていやがったらしい。
俺の顔を見て、笑えんじゃねぇか、と言った意味深な笑みが、日常の代わり映えしない景色を背景にしてくっきりと浮かんで見えた。
いつだって僕は
君に振り回される
運命のようだ
(それでも良いかな、なんて)
(口が裂けても君には言わないけれど)