最期に1つ僕の我儘を聞いてくれるかい



 空はどんよりと曇っていた。ボンゴレ本部の執務室で対峙した2人の男は、ただ沈黙のままに互いを見つめていた。上質なソファに身体を沈めている男は、その紅い瞳で蜂蜜色の大きな瞳を睨んだ。蜂蜜色は射殺されそうな強い視線も意に介さずといった様子で、にこにこと微笑んでいる。

「…本気か、」

地を這うような重低音が、決して狭くは無い部屋に響いた。

「うん、本気だよ」

それに対して少年のような軽い声が応えた。紅が睨む力は弱くなるどころか、ますます強くなっている。分厚い雲に遮られて上空に停滞していた陽光が、途切れた灰色の隙間から少し零れて室を照らした。

「俺は生を棄てる。皆の為に、もう決めたことだ」

紅が少し揺らいだ。交渉でしくじるなんて俺もまだまだだね、と自嘲気味に続けた彼は、揺れた紅を見逃さなかった。


「お前は甘ぇんだよ」

吐き捨てるように呟いた男は、初めて蜂蜜色から目を逸らして床を見つめた。

「なぁ、ザンザス」

尚も紅を見つめていた彼は、ゆっくりとソファに近付いて男の頬に触れた。

「俺は優しくないから、今から言うことでお前を苦しめるかもしれない」

「だけど、言わないで逝くには俺はお前が愛しすぎるんだよ」

落ち着いた口調は年相応か、それ以上に大人びて男を包んだ。重力に負けた視線を蜂蜜色へ戻しても、彼は果たして微笑んだままであった。


「俺は絶対、お前のこと忘れない」
だからお前も、と言いかけて彼は男の頬から手を離した。降ろされた前髪を払って久方ぶりに露になった額へ、彼の温度が落ちる。それをされるがまま享受した男は、屈んだ体勢の彼をその腕の中へ封じ込めた。


「ああ、ザンザスの匂いだ」

背中へ回された腕が震えているのも、発せられた声に力が無いことも、恐らくこの温もりが最後であろうことも、男は解っていた。その上で何も言わないでいるのは、彼の決心が並々ならぬことを知っているからだった。その強大な決心を前にして、己の存在がどれだけ小さいか、男は憤怒を愛しさに代えて彼を見ていた。そうして、いつものように彼への愛を無器用に呟くのだ。


「…Ti amo,綱吉」





 とうとう空は泣き始めた。ボンゴレ本部の執務室でソファに身を沈めた2人の男は、近く訪れるだろう別れの時を静かに待っていた。



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(忘れてくれなんて言わないから)


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