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 “ドカスが、失敗でもしたらタダじゃおかねぇ”と言われたらしい、ランクも特上の任務を終えた彼は眉間に皺を寄せて窓からの景色を眺めていた。朝から霧の濃い白に包まれた街を見下ろすような格好で、丘陵の上へ建ったホテルの一室である。穏やかな陽射しがようやく辺りの霧を取り除いて、徐々に街の全貌が見え始めるその時間が彼はとても好きだった。


心臓が脈打つ度に軋む脇腹は、どうしようもなく彼の胸を締め付けた。全身に送られる血液中に毒でも入っていて、何もかもそのせいにして逃げ出せてしまえば良かったのにと、彼は幾度と無く思うのだ。
現実はターゲットに撃ち抜かれた右の脇腹を、主に気付かれたくないだけだった。それだけだった。
超直観という名の便利な機能を搭載した彼の脳は、いくら騙そうと隠そうとしたところでその魂胆さえ見破ってしまうどうにも面倒な代物である。

主は心中穏やかでは無いのだ。半分は次官のせい、もう半分はしかし主自身のせいで。
胸中お察ししますと媚びを売るような無能な輩は、否応なしに排除してしまおうかぐらいには主の腸は煮えくり返っている。
そこへ自分が、成功した任務の報告書と穴の空いた脇腹とを携えて行こうものなら、主の機嫌が良くない方向へ傾くのに拍車を掛けること間違い無しだと彼は思っていた。実際、成功報酬の代わりに傷口を抉られたことは過去に何度か経験済みだった。

であるから、彼は出来るなら自らの怪我を帳消しにするか報告を代打に行ってもらうかして、この状況を打開したかった。
しかし妙なところで真面目なこの男は、ランク特上の単独任務の報告を代わってもらうという行為がすこぶる後ろめたく感じられてしまうのである。

結局は思考の堂々巡りで、いつまで経っても答えを見出だせないまま彼は己の城へと帰還していくのだった。



 いつ見ても、細い銀糸が他のどんな色に見劣りすることは無かった。遠い海の蒼にも、やがては総てが帰す宇宙の無限色にも、深い血の紅にも。
だから、黒と深紅の豪奢ながら洗練された空間においても、その銀が輝きを失うことは無かった。主の目にそれはいつもと変わらず美しく写り、鉄の匂いを纏った身体が更に妖麗さを増すようだった。

「…邪魔したなぁ」

久方ぶりに聞いた声は酷く掠れていた。出ていこうとする背中に超直観は先程からおかしな信号を感知し続けていたが、主はそのままさも気にも留めていない風で捨て置いた。彼は何か言いたげに小さく口を開いて、しかしそこからは何も紡がれないまま主に背を向けた。
窓の奥に、何億光年も離れた宙から光を投げ掛ける月が低く主張を始める、薄闇の時刻だった。



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