辛いときは
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生憎の雨空が、傘を差さない隊服を容赦無く叩いて、濡れ羽色の髪をしっとりと湿らせていく。手負いの獣のような空気を放つその背中を、俺は数歩後ろから見ていた。
誰も寄せ付けずに朝からずっとあの様子で困っているのだと、地味な監察君から連絡が入ったのはもう陽も暮れようかという時分だった。雨さえ無視して外に出て行ってしまって心配だから、探して欲しいと彼は言うのだ。
「なーんで銀さんがんなことしなくちゃなんねぇの」
『だって旦那、うちの副長のこと好きでしょう』
監察方をなめてもらっちゃあ困る、こちとらもう何年も最前線で監察やってきてんですよ。受話器の向こう側から聞こえるどこか嬉々として弾む声を余所に、俺は頬へ集まる熱とあのジミーをどうしてやろうか思案を巡らせていた。
傘を叩く細い雨粒が、目の前を歩く男の背中を普段より一回りも二回りも小さく見せた。
「…で、何でお前は付いて来てんだよ」
唐突に発せられた声に、気付いていないことは無いだろうからいつかは言われるだろうと思っていたけれど、やっぱり少し吃驚した。振り向かずに、歩みも止める気配の無い彼は、ただそう問うただけでそれ以上は何も言わなかった。どう答えるべきか考えあぐねて結局出した解答は、奴にも俺にも予想出来なかったであろう、多分、奴以上に俺が焦った。
「辛いときは俺に言えよな」
俺は残念ながらそんな出来た人間じゃあないし、想い人に心底優しくできてしまうほど素直でも無いから、下心を見抜かれないようにわざと俯いて首を掻いた。
「あー、ほら何だ、風邪ひいちまうぞ」
傾けた傘の端から零れた水滴は、俺の左肩を濡らして落ちていった。奴は何も言わなかった。男同士で相合い傘なんて気持ち悪いとか、近寄んなとか、いつもなら浴びせられる暴言も、今日だけは成りを潜めていた。
「……馬鹿みてぇ」
蚊の鳴くような呟きが俺に向けられたものではないと解っていたから、敢えて触れることもやめた。今はこうしてお互い無言のまま、時々触れる肩の熱と雨に冷やされた空気とだけを感じていたかった。
(( 雨音へ消えた吐息に心臓が煩い ))
確かに恋だった
差し伸べる彼のセリフより