この痛みに似合うだけの


 ありったけ愛の言葉を紡いでも届かない相手なんかざらに居ると、解ったフリして伝えなかった現実に本当はお前が一番孤独だと誰かが言った。






「るせぇ、出ていけ!!」


彼らを統べる主が不機嫌なのはそう珍しいことでは無い。飲みかけのブランデーやらワインボトルやら、アンティークで置いてある大理石の小物なんか、主の手にかかればそれはもはや憂さ晴らしの道具として部屋を飛んでいく。
斯くして、その日もまた主の機嫌はすこぶる悪く、標的として熱いコーヒーが入ったままのカップをソーサごと投げ付けられたのは、これもまた何時ものようにボス次官であった。

しかし、その日は様子が違った。普段ならその鍛え上げられた肉体の、腹の底から吐き出すようにして怒鳴り散らす彼が、その日だけは黙って主の執務室を出ていったのだ。
長い銀髪の先からダークブラウンの液体が滴り落ちるのも気にせず、彼は廊下を歩いた。絨毯が汚れると小言を洩らしたルッスーリアに、彼はチラリと視線を遣っただけで何も言わずに目の前を通り過ぎてしまった。


彼は本来、綺麗好きな男であった。それこそ先のルッスーリアに勝るとも劣らぬ、ベルフェゴールに潔癖だと揶揄されてしまう程には、彼の身嗜みはいつもきちんとしており、主の身支度を整え改まった場に相応しいよう演出してやるのも彼だった。だからこそ、彼が廊下を汚して歩いたのはルッスーリア曰く大事件であって、レヴィ・ア・タンでさえ不気味だと呟いていたし、マーモンは守銭奴特有の勘を働かせ、どうにも金に成りそうなネタだと密かに舌鼓を打った。
それが、2週間程前の話である。



 普段から、彼らは主と作戦隊長との関係を深く詮索しない主義だった。愛し合っていそうでいない、微妙な均衡に保たれている2人をつついてみても、自らに災難が返ってくるだけで何も得なことは無いと知っていたからだ。
そんな彼らの目にも、今回の2人の異変は明らかだった。

まず、口を聞かない。
目も合わせない。
任務の報告ともすれば、普通なら主の前に立つことも叶わないような下っ端を向かわせた。
主は主で任務の受け渡しは他の幹部を通してやらせたし、次官へ休みを取らせないよう矢継ぎ早に比較的長期の任務を与えた。


「ねぇ、ボスったら、どうしちゃったのかしら?」

ルッスーリアの怪訝な顔に体現された疑問は、彼ら全員の心に確かに在った。

「どうせまた奴がボスを怒らせたのだろう、仕方の無い奴だ」

「ボクはボスの逆ギレだと思うね」

「スクちゃんも謎なのよねぇ、」

思い思いに己の持論を述べた彼らは、依然口を開かない残りの1人を見遣る。

「ししっ、まぁどうにかなるんじゃね」

ベルフェゴールは彼独特のニヒルな笑みを浮かべて、ティアラを豪奢なシャンデリアに反射させながら身を翻した。
今から任務なんだよねと背中越しに手を振る姿を見送ってから、ルッスーリアは訝しげに眉を潜めた。そうするだけで何も言わなかったのだが。
主の、しいては隊長も合わせて2人の異変は、隊員にとっては少なからず非日常の事象であって、様々な憶測と偏見とが幹部以外の内でも行き交った。それでも誰も、真相に辿り着くことは出来なかった。


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