出来損ないの悲劇は
どうやら僕を放してはくれないらしい

 廃刀の時勢に唯一刀を持った俺達を快く思っていない輩なんざ星の数ほど居て、新選組の上にも呆れるぐらい睨まれていた。近藤さんは気にしていないみたいだったけれど、それは多分土方の野郎がお得意のフォローで上手く回していたからで、だから俺が急に切腹になったのも仕方が無いっちゃあ仕方が無くって、手っ取り早く戦力を削ごうとするなら一番隊隊長かつ問題児の俺が選ばれるのはまあ当然だろうと思った。
 そんなわけで、俺としては普段から別段何とも思っちゃあいないような、どっちかっていうと胸くそ悪いぐらいに感じている奴等に自殺を命じられた所で、素直に応じようなんて思っても無かった。けれど事態は俺が思ってた以上に深刻で、近藤さんの呼び出しに余裕綽々で出向いていったら半泣きのその人が居て、土方コノヤローに頭を下げられた。悪ィ、総悟、俺の力が及ばなかったばっかりに、なんて奴には似つかわしくない震えた声で吐き出して、じゃあ俺はどうしろって言うんでィ。受け止めるしか無いだろ、大好きな人達の為なら俺は何だって出来る。その覚悟で俺はこの人達に付いてきたんだ。
 期日は明日だと言われた、すまない総悟、短すぎるよな、それまでは何をしたって構わないから、好きなことをしてくれ、それから、なあ総悟、ありがとう。
今思えば、近藤さんにしちゃあよく出来た挨拶だった。冷静になって考えたら最後のありがとうはきっと死ぬからじゃない、もっと大きくて深い意味を俺はそこに見付けられた。だけど、それを瞬間で理解できる程俺はまだ大人になれてはいなかったらしい。

 駆け出したのはもう殆んど無意識だった。後ろで俺の名前を叫ぶ声が聞こえたけれど、それが近藤さんなのか土方の野郎なのかは分からなかった。屯所を飛び出して山崎の制止も振り切って、無我夢中で、気が付けばそこに居たんだ。良く言えば喧嘩友達、悪く言えば所詮は赤の他人。この関係性を維持し続けて、もうどれくらいになるのだろう。あと1日の人生なんだ、迷いはしなかった。
 切腹しろって言われたから明日俺は死ぬんだって、言ったら、あいつはそれはもう笑えてしまうぐらい阿呆面をして、俺の顔を見た。けれどそれはほんの一瞬で、次には訳が分からないといった風な呆れ顔になってそっぽを向いてしまった。ちぇ、何でェ、やっぱりそんなもんかィ、こいつにとって俺なんて。何だか少し腹が立って、近藤さんに泣かれたとか土方コノヤローに頭下げられたとか、だから仕方ないから俺は死ぬんだ、みたく強がってみせたのに、なあ、どうしたってそんな顔するんだ。強い意志を秘めた目、そこに何となく姉を重ねてしまって、姉さんとは別の所だろうなんて意識の外で呟いた。

「…だから、何アルか」

泣きそうな顔、が、俺に向けられていた。

「何でもねぇでさァ、」

ああ、此処に来てこいつの前では泣かないと決めたのに。最後ぐらい格好良く終わりたかったのに。

「ただ、」

どうも無理らしい。

「お前に会えなくなるのだけが辛ェなァ」




 抱き締めた腕の中の身体は思っていたより華奢で、この細い身体のどこからあんな馬鹿力が出るんだろうとちょっと不思議だった。肩へ頭を預けて、泣いた。久しぶりだった、こんなに泣いたのは。覚悟だけはいつだって出来ているから、死ぬのが怖いわけじゃない。ただ、この腕の中の温もりを、あの笑顔を、失うのが嫌なだけなんだ。

「お前は馬鹿ネ、大馬鹿アル」

泣いていた。強がった声が震えていて、俺は初めてこいつも泣いていることに気付いた。

「…すまねェ、神楽」

初めて名前を呼ぶのが死ぬ前日だなんて嫌な冗談だ。好きだと言いたかったけれど、それを言ったら多分堪えられなくなってしまうから言わなかった。背中に回された腕が俺の隊服を掴む。俺はそこに一抹の幸福と、恋の終わりとを見た。



出来損ないの悲劇は
どうやら僕を放してはくれないらしい
(例えば目の前の恋の結末なんか)



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