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愛とか恋とかふざけんな


 夏休みの直前に、田舎から転校生がやって来た。
朝会をさぼって午後から教室に戻った俺は、前の席に収まった銀色を訝しげに眺めた。銀の長髪を靡かせて俺を振り返った奴は、端正な顔立ちに似合わず独特の大声で自己紹介をしてきたものだから、挨拶代わりに一発殴っておいた。

「何すんだぁ!!」

「うるせぇ、こっち見んなカス」

若干涙目で恨めしげに視線を送ってくるのも無視して、冷房の効いた空気に微睡む意識を委ねる。S・スクアーロと名乗った男はまだ何か言いたそうにしていたが、無反応の俺に諦めたのか軽く俯いて前を向いた。机に足を投げ出して寝る体勢に入ってしまえば、前から聞こえた咳き込む声も気にはならなかった。














 屋上へ続く階段に、見慣れない奴が座って寝ていた。夏休みの前日で、生徒は皆式に出ている筈だった。邪魔な野郎だと内心舌打ちしながら、そういえばこの前転校生が来たのだったと思い返して、もう一度その銀色を見下ろす。堅い壁に頭を預け、ひどく寝づらそうだった。眉間に皺を寄せ、時折呻き声のような微かな声が聞こえていた。

「……おい、」

落とした声に故意は無かった。起きないなら起きないで良い。避けて通れば済む。ただ余りに辛そうに寝ているものだから、少し気になっただけだ。

「S・スクアーロ」

呼んだ名前にピクリと奴の肩が震えた。俺らしくねぇ、と他人に興味を抱いた自分に少し戸惑う。白い頬にかかった長い銀髪がサラサラと揺れて、銀灰色の瞳が俺を捉えた。
「……よぉ、ザンザス」

寝起きの回らない舌で馴れ馴れしい口を聞かれたのにいらっとして、しかし薄く笑った奴が顔面蒼白なのを見たら殴る気も失せた。病人殴るような悪趣味は残念ながら持ち合わせていない。

「寝るなら保健室行け、邪魔だ」

「何だぁ、心配してくれてんのかぁ?」

下から俺を見上げる視線が嬉々として輝いた。心なしか声が弾んでいる。

「はぁ!?ふざけんな、図々しい」

「違うのかぁ?」

今度は見るからに落ち込んだ。何だこいつ、今どき餓鬼でもこんな分かりやすい反応しねぇぞ。無視して横を通り抜けようとしたら、なぁ、と呼び止められた。

「保健室、連れてってくんねぇかぁ?場所分かんなくてよぉ」

校舎内で迷って放浪した挙げ句、屋上へと続くこの階段まで来て動くのも面倒になって寝てしまったのだと、奴は言った。

本気でふざけんな、こいつ俺を使うつもりか…!

律儀に止まってやった俺が馬鹿だった。今度こそ屋上へ上がる為に一歩を踏み出して、そのまま残りの数段を上がりきった。後ろで重たげな息が聞こえたが気にしない。病人いたぶる趣味も無いが、そいつに掛けてやる慈悲心は全くの皆無だ。鍵の壊れた扉を開いて、俺は振り返ることなく屋上へ出た。







 フェンスに寄りかかって暫く微睡みの縁をさ迷っていたら、唐突に冷たい雫が皮膚を濡らした。鬱陶しく振り払っても後から後から降りしぐるそれはどうやらすぐには止む気配が無い。まだもう少し覚醒するには睡眠が足りないとぼやく意識を仕方無しに引っ張り上げて、徐々にクリアになる視界で小さな雨粒を捉えた。

「……うぜぇ」

不快な雨のせいで、屋上は昼寝場所という役割を奪われた。仕方無しに出口へと向かいながら、教室に戻るのも面倒で、校舎裏にでも行くかと雨を防げそうな場所に目星を付ける。屋上から校舎へ入る前に一度見上げた空はどんよりと重たい雲を抱えていた。


「あ゙?」

空から足元に視線を移した途端、短い階段の下に蹲る塊を見つけた。見覚えのある長い銀がその細い身体を覆うように垂れ掛かっている。こいつ、まだ居たのか。

「おい、」

塊が横たわる踊り場までの数段を降りながら、身体を折り曲げて小さく丸まったそれへ声を落とす。反応は無かった。よく見れば常人よりも白い顔色が白を通り越して青白くなっていて、身体が小刻みに震えている。

「ちっ……」

顎を掴んで無理矢理上を向かせたその眉間には、辛そうな深い皺が刻まれていた。今日の俺は訳が分からない、こんな奴放っておけば良いものを。肩に担ぎ上げた身体は、何も食べてないんじゃないかってくらい予想以上に軽かった。ずり落ちないように片手で支えながら、階下の保健室へと階段を降り始めた。












 乱暴に開いた引き戸の先でだるそうに椅子の背凭れへ体重を預けていた男が、こちらには見向きもせずに何だまたサボリか、と言った。それから、緩慢な動作で俺を振り向いたそいつは、心底驚いたような顔をした。

「どういう風の吹き回しだ……?」

呟くように言って俺の肩を凝視した奴は、視線を俺の顔に戻して答えを促すように1つ瞬きをした。

「……後味悪ぃだろうが」

言い訳めいた言い方になったのがむかつく。楽しそうに細められた瞳が俺を眺めて、くっと短く喉を鳴らした。

「そんでやさしーいザンザス君は、この細っちろい少年をわざわざ此処まで運んできてやったわけだ。いやいや、そんな睨むなって良いことじゃねぇか」

「うるせぇ、さっさと診やがれ」

心底愉快だと笑い出しそうな声でそう告げられて、奴お得意の挑発を買ってしまった。肩の上で全く動かないこいつがやばいんじゃないかとか、目の前の保険医がむかつくとか、でも怒らせたらこいつを引き受けて貰えないんじゃないかとか、今までに感じたことの無い感情が意識の底で半端じゃない存在感を醸し出している。うざい、うっとおしい、そう思うのに何故かこいつを床に放り投げて帰ろうとは思えなかった。

「だけど、ざんねーん。俺は男は診ねぇよ」

「シャマル!」

思わず声を荒げて、しまったと思った。こいつのことで必死になってると思われるのは、何となく嫌だった。そんなこと考えてる時点で十分おかしいってのはよく解ってる。それでも、だ。

「冗談だっつの。本気にすんなよ、らしくねぇなぁ」

軽く流されて、今度はにやにやと勘繰るような視線を向けられた。

「ほんと、らしくねぇ。こいつに惚れたか?」

うざい、うざい、うざい。誰がこんな奴相手にするかよ。答える価値も無いと判断して無言で睨んだら、何を勘違いしたのかシャマルはほぉー、なんて締まりの無い声をあげた。

「それじゃあその可愛い少年を診てやろうじゃねぇか」

漸く立ち上がって備え付けのベッドをぽんぽん叩きながら、奴はそう言った。その瞳は相変わらずにやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべたままだ。

「少年の名前は?」

「S・スクアーロ」

ふとベッドを叩く手を止めて奴が しげしげと俺を眺めた。

「お前、本気なんだな」

「はぁ?」

何だこいつ、今度は何か慈しむような目で俺を見ている。

「だってお前、興味ある奴しか名前覚えてねぇだろうが」

クラスメイトの名前言えねぇだろ、と自信満々に言ってくるものだから、そんなもん言えるに決まってんだろと言おうとしてそういえば誰も知らないことに気付いた。だからってベッドに転がってるこいつに俺が興味を持っているとは限らない。

「そんなんじゃねぇ」

このまま此処に居たって埒が明かない。背中を向けた俺にごくろーさん、と声をかけた奴はどうやら俺の言葉を信じていないらしかった。





 保健室から出て、もうこのまま帰ってしまおうと考えた俺は、誰も居ない教室へと向かった。持ち歩くのが面倒だという理由だけで教室へ投げてきた鞄を持ち上げ、予想に反してすぐに雨が止んでしまったらしい空を忌々しく見上げながら、それでも俺の頭の中では銀色の髪がちらちらと揺れていた。
シャマルの奴が変なことを言うからだ。けれど名前を覚えていたことに変わりは無いし、興味を持ったっていうのも多分事実だ。俺を怖がらなかった奴はあいつが初めてだった。でも、だからって何だ。それだけだ、ただ俺の紅い目を、火傷だらけの手を見ても恐れなかっただけ。

「……っ、くそ」

惚れたか、と言ったシャマルの声が今になって全身を駆け巡る。余りに自分には似合わない言葉過ぎて、肌が粟立った。
惚れる、俺が、あいつに?無いだろ。じゃあこの心臓の鼓動は何だ。あり得ない。シャマルの言葉に踊らされてるだけだ。腹が立つ。
幸いに明日から夏休みだ。あいつとは当分顔を合わせないで済む。雨に濡れたアスファルトへ向かって吐いた溜め息は、早くなった拍動を静めるには少し不充分なようだった。



愛とか恋とかふざけんな
(ただ心臓が五月蝿ぇだけだろ)
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