闇色パラドクス


 任務の報告書を持って奴が執務室に姿を現したのは、もうすぐ日付が変わる闇の刻限だった。全身から血の匂いをさせて、任務後特有の余韻に浸った恍惚とした笑みで立つあいつに、俺は妙に苛立たしく唇を奪った。突くような濃い鉄の匂いが一瞬鼻を掠めて、しかしすぐにそれは奴の香りに負けて消えた。

「ん……っ」

噛み付くような乱暴な口付けに応えようと、必死で腕を掴んでくるその手にさえも腹が立って、襟を引っ張って殴った。口内に薄く血の味が広がる。いつものように地に伏した奴から、恨めしそうな、それでいて俺はお前のことを解っているとでも言うような、全てを見透かす視線が寄越された。ああ、苛々する。

「……失せろ、目障りだ」

ここですごすごと引き下がる軟弱な野郎などではないのは、知っているつもりだった。

「そうかぁ、邪魔したなぁ」

殴られて床に打ち付けた背中が痛むのか、奴は顔をしかめながら立ち上がった。散らばった報告書を拾ってデスクに置く仕草がやけに落ち着いている。何も反論しないまま、奴は俺の横を通り抜けて部屋から出ていった。











 奴が執務室に来なくなってから、もう一週間になるだろうか。おかしい、ひどく苛ついて仕事が手に付かない。挙げ句ここのところ殆ど眠れていなかった。デスクにうず高く積まれた書類が、減るどころか日毎に少しずつ増えている。

「くそ……」

どう思考を巡らせてみても行き着く答えはただ1つで、認めたくなくて洩らす呟きはもう何度目か分からない。隈が目立つとベルに言われた。やつれているとレヴィに気遣われた。オカマが、スクちゃんを連れてくるわとほざくのを問答無用で黙らせて、心臓が痛いのはただの寝不足だと自分に言い聞かせた。











「XANXUS様、少しやつれておられませんこと?」

 頭が上手く働かないまま、同盟ファミリーに招かれて仕方なく出向いたパーティ会場でそう声を掛けてきたのは、以前に一度持ち上がった俺との結婚話をスクアーロが丁重に断った相手だった。何だこの女まだ諦めてなかったのか。

「るせぇ、何の用だ」

「あら、随分とご機嫌斜めのようですわね」

女は何がおかしいのか口許を押さえて薄く笑った。こんな挑戦的な口を聞くやつだったか。

「あの銀髪の男が居ないからかしら?」

あんな奴は関係ないと言おうとして開きかけた口を、やわらかい女のそれで塞がれた。無理矢理に舌を入れようと、躍起になって押し込まれる生ぬるい温度に虫酸が走る。女の華奢な肩に手を置いて引き剥がしてやったら、潤んだ目で睨まれた。

「どうせ貴方は、あの男しか見ていないのよ……!」

その涙が感情から来たものなのかそれとも生理的なものなのかは分からなかった。ただ絞り出すような女の叫びが、鼓膜をざらざらと不快に撫でて離れなかった。

「……もう俺の前に面見せんじゃねぇ、次はカッ消す」

同盟ファミリーとの関係だとか女の震える喉だとか、そんなものはどうでも良かった。走り去る背中を見送ることもしなかった。静まり返った会場は、俺が見渡すと同時に一斉に俺から視線を背けた。













 パーティを勝手に脱け出して、自室に戻ったのはもう23時を回った頃だった。いつだったか、今日のように深夜0時前に帰ってきた俺を見て、お前はシンデレラかと奴が笑っていたのを思い出した。また心臓が痛くなった。


「ボス?」

控え目にドアが鳴って、薄く開いた隙間からしなりと身体を滑り込ませたのはルッスーリアだった。ああやっぱり帰ってきてたのねパーティ終わる前に、とひとりごちたその口許に微笑が零れた。

「スクちゃんがね、どうせ不機嫌で帰ってくるんだろうからカッフェでも持って行ってやれって、」

自分で持って来れば良いのにねぇ、と彼女は満更でも無さそうに言った。しなやかな両手の上で湯気をたてるカッフェが部屋中に苦く香っていた。黙って睨めば、肩を竦めてデスクへと近づいてくる。

「そろそろ、限界でしょう?」

「……何がだ」

「パーティでのこと、レヴィに聞いたわ。その女が言ったこともあながち間違っていないと思うのだけれど、」

俺の問いには答えず、カッフェをデスクに置いたルッスーリアは困ったように俺を見つめた。

「スクちゃん、部屋に居るわよ」

ただ無言でその視線を受け止めて、絡み付くような甘ったるい声を苦いカッフェで無理矢理に流し込んだ。説教じみた響きを持っているくせに、ルッスーリアの言葉は強要を含まない。代わりに心配するような声音が、彼女が出ていった後も暫くは部屋を満たしていた。













 心臓が五月蝿いと感じ始めたのは、もうずっと昔のことだった。気が付けばその長い銀を追っていて、思い通りにならないそれを何度煩わしく思ったか、数えることさえ馬鹿らしくなってやめた。思考が何回か同じ場所を逡巡したところで、無意識に溜め息を吐いた。

「カスが……、来いよ」

吐き出した言葉は独りの部屋へ、予想以上に響いた。常人よりは専ら高いだろう矜持が疼く。デスクの上に置かれたまま冷めてしまったカッフェを一口啜って、強い苦味に顔をしかめた。


「呼んだかぁ、」

半ば乱暴に開いたドアから、廊下の灯りに照らされた銀が久方ぶりに執務室へ溶けた。閉じられた扉の奥に見えた奇抜な原色が、どうやら奴を呼んだらしかった。

「……遅ぇ」

早鐘を打ち始めた心臓が痛い、苦しい。気が付けば目の前の奴を抱きすくめていた。

「ザ、ンザス?」

戸惑った声で名前を呼ばれた。俺のものではない加速した心音が、それなら誰のものであるかなんて分かりきったことだ。

「スクアーロ、」

無自覚に苛々する。こんな奴に、俺は振り回されているのか。ああ畜生、それでも。


「………好きだ」


ひた隠しに隠してきた。抑え込んで、否定し続けてきた。

「っ……!、ザンザ、」

震える顎を掬って、軽く唇を重ねた。びくりと跳ねた肩をそれごと抱き込んで、あの日を思い出して狼狽える奴の肩口に額を埋める。骨ばって柔いどころか硬いだけの身体を、俺は心地好いと感じていた。

「ザンザス、もう……離さねぇでくれるかぁ」

背中におずおずと回された手が、リンクする2つの心音が、こんなにも愛しい。ほだされてしまった。

「あぁ」

掠れた声でそう返せば、嬉しそうに泣き笑いする奴と目が合って、もう一度、弧を描く唇を塞いだ。



渡季姉さん、60000hit
おめでとうございます!!

渡季姉さんのザンスクが
たくさんの方に愛されている
証ですね(*^_^*)

かくいう私もその一人ですが(照)


遅くなってしまった上に
とてもお祝い事とは思えないような
暗い長文となってしまいましたので
調子に乗ってもう1つ書かせていただきましたすいません……!

できるだけ短く甘くを
心掛けたつもりです!
( 達成できているかどうかは別 )

両方とも渡季姉さんのみ
お持ち帰り、返品可能です


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