世界と息を止める
たとえば墓に持って行くものを考える。
体はすでに欠けていたし、とくになくても問題ないものだった。
その欠けた部分の代わりに剣帝殺しの誇りと、あいつの興味を手に入れることが出来たのだ。オレに何かを失う覚悟を見せろと言われれば、寸の足らない腕を振れば答えになる。
だからそれに未練はなかった。
そうだな、墓に持って行くものがあるとすれば何か誇れるもの、剣士としての誇りと。
―――後はお前から――、花なんて高望みはしねぇよ。
言葉ひとつ、
視線ひとつ、
…鼻で笑うくらいの反応でも良いかもしれない。
とにかくお前の心を揺らせた証ひとつ。
それがあれば墓の中で笑えるとおもう。物理的なものはどうせゴミになって鳥に食われるのがオチだからいらねぇ。
花の代わりに心ひとつくれたら、オレはあのとき、8年前に笑って死ねたのに。
お前が眠りについて、お前の心ひとつも受け取れない死が怖くなった。
どうしたら良いんだかわからないなんてことは初めてだった。
お前がいないんじゃ満足に死ねもしない。
それに気づいたときの絶望は、一生忘れられないだろうなぁ。
誇りとお前以外だったら何がなくてもよかったんだ。
何もいらなかったのに。
たった二つさえも守れなかったオレは自分の弱さに初めて泣いた。
涙の数だけ重くなった心、
涙の数だけ強くなるなんて言う言葉の意味を知った。
泣いてお前を待つことを選んだ。そのくせ泣けば泣いただけ心がすり減って、何が何だかわからなくなった。「お前といて捨てるもの」なら誇り以外何でもよかったけど、お前がいないときに何かを捨てるのは怖かった。
それでもたくさん捨てなきゃならなかったけど。
空気ですら、緩やかな毒を含んだものをずっと吸っているような気がしていた。酸素がなくちゃ生きていけないのに、酸素と同じくらい大事なお前がいない。お前が帰ってくるなら半身だって捨てようと思ったことが何回あったか。だけどもし、もしもお前が帰ってきたときに。その時こそ臨む椅子を用意しようと思ってたんだ。
血が何だ、と。そんな禁忌乗り越えてみせると。
なのにまた、今度は誇りまでもを守れずに負けたオレは何も残らなかったはずなのに。
病院でXANXUSと話す機会があったときに口に出てしまったのはどうしようもない言葉だった。
「抱きしめてくれねぇかぁ」
「はぁ?」
こいつが死ねと言ったら死ぬつもりだ。
二回負け、今度は何も残らなかったんだから。
「鮫の中に脳みそおいてきたか」
「そうかもなぁ…最後でいいんだぁ。抱きしめてくれたら、」
「…………」
「――抱きしめてくれたら。お前が死ねって言ったら死ぬから」
脳までいかれたんだと思う。
8年間お前が恋しすぎて狂いそうだと思っていたけど、本当に狂ってしまったんだと。XANXUSは古傷も開いて満身創痍、オレだって人のことを心配できるような怪我じゃない。
だから返事もせずにXANXUSのまぶたが閉じたとき、病床で疲れているのか、と納得して。
微睡んで眠るんだと思って。
馬鹿なこといったのを忘れてくれ、ごめんな、おやすみ。と言って車いすで自分の病室まで戻ろうと背中を向けたら声が追ってきた。
「抱きしめてやる」
「………へ?」
「お互い死ぬかも知れないような怪我だからお前に心残りがないように」
「………ありがとなぁ」
人生最後の慶事だ。
車いすをもう一度翻して、ベッドの横につけて、腕をついて立ち上がろうとしただけでショック死しそうな痛みが走るが気にしない。
抱きしめてもらうと言うよりは、たんに体勢を崩して無様に落ちただけかもと思うような衝撃にXANXUSも小さく呻いてから、動かすのも辛いだろう手を伸ばして、背中に回される。
「…この状態で命令したら、言うこと聞くんだったな?」
「……ああ」
最後の命令を、
最後にみる顔を、
最後のぬくもりを。
覚えていようと思って。
網膜に焼き付けてから目を閉じたら、さっきまで重たかった体がすこし軽くなった気がする。
「…これからも側にいろ」
「っ」
予想していなかった言葉に冗談抜きに体が石になった。
なんて、なんて。
頭を本当に鮫の中においてきてしまったかも知れない。
言葉が通り抜けたはずなのにわからないなんて。
「これからオレの足りない部分を埋めるのは…お前だ」
「なん、…オレは、」
「二度言わせるな。これも命令だ」
どうしよう。8年間で涙は使い果たすほど流したはずなのに、まだ眦にたまるだけ残っていた。
肌を伝った水は8年間冷たかったはずなのに、今日は燃えているように熱かったのは、お前がこんなに近くにいるからだろうか。
抱きしめて、世界と息を止める
(手に入らなかったものを、埋められるだけの存在に)
20130629.
夜明け前の渡季姉さんから、
相互記念に頂きました。
素敵な作品を
ありがとうございました(*^_^*)
4/5
prev next