終末に恋をした。


艶やかな黒髪の、均整の取れた縦巻きが近付く度、それは現実を色濃く瞼に焼き付けて。

新月の夜闇を切り取って縫い合わせたかのような漆黒のドレスが、カツカツとヒールの音を響かせる彼女の足取りに合わせて揺れる。
その端は、やはり新月の、光の無い周囲に溶け込んで見えなかったけれど。



「久しぶりね、神田」

コロコロとよく変わる表情は昔のまま、柔和な笑みが彼女は“敵”だという事実をうやむやに覆い隠してしまいそうだった。


「ノア、」

目の前に“敵”が居る。
彼女が、居る。


「なぁに」

「今だけ見逃してやる、早く消えろ」


遠くに雷鳴が響いた。

いかにもあの小さなノアが好きそうなゴシック調のドレスが、そのシルエットを束の間照らされた薄暗い空間に浮かび上がらせる。


再び闇が戻っても、彼女は動かなかった。
対峙する、気が付けば詰まっていたその距離の近さに思わず息を呑む。

己の顔を見上げるように反らされた彼女の喉は目を見張る程に白く、唯一つ赤い鬱血痕がその存在を主張していた。


手が伸びる。


爪が彼女の首に食い込んでカリ、と音を立てた。
己のモノではないその痕が、嘲るように此方を見上げている。


「痛いわ、神田」


冷静な声で我に返った。

己の手は“敵”の細い首に触れていて、このまま回して締め上げろと自分の内のエクソシストが叫ぶ。
心臓がキリキリと悲鳴をあげた。


耐えきれずに思わず逸らそうとした顔を小さな両手で挟まれて固定される。


「心が痛いの、すごく」

そのまま近付いてくる彼女の唇を受け入れて、まだあどけなさの残るその顔を脳裏に焼き付けるようゆっくりと瞼を閉じた。






「眉間、しわ寄せないで」


ユルユルと撫でられた其処へ微かに彼女の熱が移る。

「何で、お前なんだよ」


こんなに暖かいのに、こんなに愛しいのに、


「何で敵なんだよ…ッ」

握り締めた拳が震えた。



「大好きだったよ」

唐突に放たれた彼女の台詞は、他のどんなそれより強く、残酷に彼の心を打った。

「…リナ、」


フワリと微笑んだ彼女の瞳が濡れて光る。


「今度は敵どうしね」

負けないんだから、と冗談めかして言う彼女に、しかし彼は笑えなかった。


「神田…?」

引き寄せた身体は相変わらず細い。

「愛してた、リナ」


過去形の囁きに彼女の肩が揺れた。
放して見つめた瞳はもう輝いてはいなくて。



「さよなら、神田」


闇に消えた背中から目を逸らせば、東の空がうっすらと白く染まっていた。







(その場所に君がいたから)


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