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カランコロンと唄う氷がやけに鮮やかに残っていて、そのグラスを持つ指の一本一本までもはっきりと思い出せるほどに頭へ染み付いて離れないそれが、彼のものであるのに気付いたのは多分、そういうことなんだろう。


並行関係
(確かな想い)



ナミから催促の電話があってからまた、1週間が過ぎた。
その間ナミはあのバーへは行っていないらしく、それきり何も言われなかったのだけれど。



“大人になりなさいよ”

携帯の向こう側、音だけで為される通信が伝えた声はやけに真剣で、反論の間もなく途絶えたナミのそれは丸々1週間、ゾロを悩みに悩ませたのだった。





そうして今日、ゾロは会社から帰るなり乱暴にベッドへ腰掛け、半ば投げやりで金髪の男が残した唯一彼だけに伝わる番号をなぞるよう目で追いながらボタンを押し始めた。


通話ボタンを押す前は、何度も何度も確認した。
緊張からか少し震えだした人差し指に、しかし彼の脳は止まることを指示しなかった。


プルル…と、機械音が1回、2回。
3回目の途中ではっきりとした女の声で示された留守電に、仕事中だろうかと思い直したゾロは携帯を持った右手を静かにベッドへ下ろした。



深く長い息を吐き終えたゾロは複雑な面持ちで右手に握られた携帯を見つめた後、また俯いてユルユルと頭を振った。

繋がらなかったことに安堵を覚える自分の傍ら、何故だか少し残念に感じている何かが在って、それが紛れもなくゾロ自身の感情であることに気付くまで、そう長くはかからなかった。


「あー…、何だってんだ俺は」

下に向けられたままの視界に映るのは板張りの床ばかり、古い安アパートのほとんど機能しない防音加工は、先程から何度目か解らないゾロの呻きを、それでも外に漏らすことは無いのだった。







カチリ、冷たい金属音で完全に外気から切り離された己の城が、いつもよりほんの僅かまだ火照っているようで。少なくとも、サンジにはそう見えた。


都会の中心から少し外れただけの、夜でも眩しい程のネオンに照らされた街道に彼の影が伸びる。

無意識に口ずさむメロディは甘くサンジの頭を縛って、何の確信もない幸福がまた彼の心を弾ませた。




携帯の淡い緑の明かりが点滅しながら着信を示すのに気付いたのは、閉店時間を過ぎて帰宅しようとそれを手に取った時だった。

パカッと慣れた手付きで開いた液晶に、不在着信の四文字が映し出される。次に表示された番号は見覚えの無いもので、サンジの胸がザワリと騒いだ。

これは、もしかしたらもしかするかも…

忙しい心臓を落ち着かせようとした深呼吸も焼け石に水らしかった。


『―――はい、』

黒の四角形から伝わってくる彼の声が耳に心地好い。
自分よりも少し低いその声が、もう何年も前から聞いてきたようにすんなりと馴染んで全身に染み渡っていくような、そんな感情に襲われながらサンジはゆっくりと話し出した。

「ぁ、の サンジです」


緊張に上擦る声が彼の耳にも自分と同じように届いているのかと思うと、たった1つの世界を2人だけで共有しているようで、少し嬉しかった。


『―はい、あ、ゾロです』

彼も緊張しているらしかった。
固い声が2つ、この精密な四角形を通して行ったり来たり、ようやっと掴みかけた話題も全てつまらないものみたいに感じられて、
何度も息が詰まった。

「あー、あの、」


普段の何十倍も絡まってもたつく己の舌が憎たらしい。
頭でどんなに考えても浮かんでくる台詞は薄っぺらで、紡ごうと吸った息は空のまま吐き出されていく。

「――、今度また店来てください」お待ちしてます、とそこまで一息に言い切って、サンジは相手の返答を待った。実際には5秒にも満たない沈黙が何分にも何時間にも感じられる。

『はい、また』

永遠に続くんじゃないかと思うような息苦しさが急に楽になった気がした。









宙には煌めく星たちが、都会のネオンに負けじと頑張っていた。
サンジの頭上を燃えながら墜ちていった隕石は、誰かの願いを叶えて消えていった。




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