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一歩足を踏み入れればそこは、確かに流れているはずの時間さえも感じさせない程に洗練された空間で、向かい合わせた男は黒いスーツを着こなした長い足をその木目調の美しいカウンターに隠しながら、ひどく穏やかに笑うのだった。


平行関係
(キンイロの微笑と心音)




数日前、大学時代からの友人に連れていかれたその時のことを、ゾロは未だに忘れられずにいた。








あんたも少しは大人になりなさいよ、と溜め息混じりの口調でそう諭されて、昔から酔えば何かと説教をしてくる彼女に言い返すことほど無駄なことは無いとよく知っているゾロは、黙って聞き流しながらふと苦笑を含んだ視線が此方に向けられているのに気が付いた。

名前も知らないカクテルをちびちびとやりながら、彼の方に視線を移す。

黒を基調にまとめてある店内で、スーツから伸びる白い肌と鮮やかな金髪がよく映えた。



「恋人ですか、ナミさん」

彼はゾロに寸の間微笑みかけてから、日溜まりのみかんによく似た髪の彼女へ楽しそうに話しかけた。

喉仏の上下に伴って紡がれた声音は、優男風な容姿に沿うて甘い。

「そんなんじゃ無いわ、ただの友達」

酔っていてもそこはきちんとご丁寧に否定したナミに、ゾロは一先ずほぅと息を吐いた。



ナミはどうやら此処の常連らしい。
確かに、カウンターはほとんど女性客で埋められ、店内に居る男はゾロを含めて5人ほどだった。
彼の醸し出す雰囲気は女性が好むそれにピタリと一致しているからだろう。


隣で彼女が酔い潰れる気配がしてぼうっとしていた脳を覚醒させる。

案の定気持ち良さげに寝息を立てている彼女に、普段ならこんなこと有りはしないのに、何か嫌なことでも有ったのか、あぁどうせまたルフィと喧嘩でもしたのだろうと、ナミの親友の顔を思い浮かべた。

早いとこくっついてしまえば良いのだと、やきもきする感情を持て余すようにロビンが言っていたのはまだ記憶に新しい。


兎に角、連れて帰るより他は無いので、あたしが奢るからという誘い文句でやって来たにも関わらず会計は自腹を切って済ませ、帰るぞ、とナミを抱え上げた。



「また来て下さいね」


出がけにそう言って笑顔で手渡された名刺に、バーの名前とサンジの文字が踊る。

裏には何故か彼の携帯番号が書かれていて、連絡待ってます、とゾロにしか聞こえない程度に囁かれた。








「迎え、来い」

残暑とはいえ夜は既に秋の匂いを漂わせて、時おり吹く風にフルリと体を震わせる。


暫くしてタクシーが目の前に止まった。中から赤のパーカを羽織ったルフィが出てくる。
運転手に何事か話して(多分、少し待っていてほしいというような旨だろう)此方へ近付いてきた。こんな時、ナミとルフィが同じマンションに住んでいるのは便利だ。


「喧嘩でもしてんのか」

ナミを起こそうと肩を揺する手を止めずに、ルフィは違うと首を振った。

「…、告った」

たった一言、押し出すように呟かれたそれに、何と返そうか考えあぐねている間にナミが起きて結局うやむやなまま、2人は帰って行ってしまった。










自宅に帰って寝て、朝になって漸く冷静に振り返ってみると、自分としては気を利かせたつもりだったあの行動も、ナミとルフィにとっては邪魔なだけだったのかもしれないと思い、少し後悔しながらぼんやりと朝食を咀嚼する。

しながら、不意に昨日のバーテンダーに渡された名刺を思い起こして、昨夜の上着のポケットからそれを取り出した。


綺麗な字で記された携帯番号が、場違いな程広い面積をゾロの頭に占める。



悶々とその裏に在る真意を計りかねて、そうして数日が過ぎた。





つい今しがた、ルフィからナミと正式な恋人になったと連絡が有った。その後にナミからも意気揚々と連絡を貰い、2人に良かったじゃねぇかと一応の祝いを述べる。

それからナミに、サンジ君が全然来てくれないって嘆いてたわよと、電話越しでもニヤニヤと面白そうに笑っている顔を容易に想像できるような声でそう言われて、何故だか頬へ熱が集まるのを感じた。


感じて、自分でも驚いた。

あり得ないと勢い良く頭を振ったら、携帯が頭に当たってコツリと硬い音をたてる。



耳にナミの笑い声と、背後で何だどうしたと不思議そうに尋ねるルフィの声が届いた。




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