ヘイコウカンケイ。


萌ゆる若葉の、優しい色によく似たそれは、サンジの目から胸の奥の一番深い所までスルリと入り込んで来て、グラグラと脳を揺さぶるような衝撃と共に彼の心を掴んで放さなくなってしまった。


平行関係
(ミドリイロした恋の訪れ)




仕事帰りだろうか、羽織ったジャケットのボタンは留まっておらず、きちんと結ばれたネクタイの結び目を右手でグイと引っ張って緩める。
その仕草にサンジは一瞬目を奪われた。


「久しぶり、サンジ君」

その後ろから現れたオレンジに声を掛けられて我に返る。



いつもの、と慣れたようにカウンターへ座りながら言って、こっちにもねと指差された彼はチラリと此方を見て首だけで軽く会釈すると、黙ってナミさんの隣へ腰を降ろした。

その拍子に若草色の短髪が小さく揺れて、それをまた引き寄せられるように目で追うのに偶然彼の視線がぶつかる。

不思議そうに此方を見上げた瞳はすぐに隣へと戻された。






その日ナミさんはいつもより大部ペースが早かった。

最初の一杯をやけにゆっくりと口へ含んだかと思えば、次のそれは隣の彼へ諭すように絡みながら、まるで水の如くその喉の奥へと消えていく。


大人になりなさいよ、と言われた当の本人は適当な相槌を打ちながら、しかしそれも面倒になったのか最後は黙ってカクテルを飲んでいた。

ふと、彼がまた此方を見上げる。


絡んだ視線に小さく微笑むだけが精一杯で、それ以上は頬へ昇る熱を抑えきれそうに無くてナミさんに体を向けた。


彼氏ですかと隣でちびちびカクテルを喉へ流し込んでいる彼を指して問うたら、違うわと何杯目かよく分からなくなったグラスを傾けながら彼女は答えた。

きっぱりと否定したその口調に、そういえば以前、想いを寄せているのだという男のことを酔いの勢いに任せて話してくれたことがあったのを思い出す。


彼女はその髪によく似た色のカクテルをクルクルと手で回しながら、アイツの目は吸い込まれちゃいそうなほど深い黒で、あたしはその目に見つめられるといつも動けなくなるのと、しおらしく伏し目がちに呟いていた。





ナミさんの隣で、溜め息とも安堵とも取れるような息を彼は吐いた。サンジはそれに気付かないふりをしながら横目で彼の様子を伺って、何処か遠くを見つめるようにぼうっとしたその目に行き当たった。

何を見ているのだろう、何を考え、誰を想っているのだろう。



今振り返れば、それは恐らく一目惚れだった。





暫くして酔い潰れた彼女を背負いながら、彼は支払いをして帰って行った。


帰り際、出来るだけ然り気無くを意識して渡した名刺の裏にサンジは自分の携帯番号を書いた。

「連絡待ってます」


彼にしか聞こえないよう囁いた声にナミさんが身動ぎして、嫌な汗が背中に伝うのを感じながら、サンジは急ぎ取り繕った笑顔で彼らを送り出した。


名前だけでも聞いときゃ良かったと、彼に負われたナミさんの背中を見ながら溢したのに、今度は誰も気付いていないようだった。







そうして何日目かの夜、ナミさんが先日の彼とは違う男を連れて、バーにやって来た。


「あたしの、彼氏」


恥じらうように頬を染めて嬉しげに話す彼女に、せめてものお祝いをと赤のチェリーにオレンジを浮かべて差し出すと、花が咲いたように笑う。

それを見ながら、黒の大きな瞳の彼も嬉しそうに笑っていた。



それからナミさんは小さく、意地悪く微笑んで、あいつから連絡は来たの、とそう言った。


あぁ、やっぱり気付かれていたんだなとそこに驚きはしなかったけれど、さすがに恥ずかしくなって俯く。


「サンジ君がゾロのこと気に入るなんてね」


ルフィと呼ばれたナミさんの彼氏は、ゾロは良い奴だぞと独特な笑い方をした。
屈託のないこの笑顔にナミさんは惹かれたんだろう、そう確信させるような笑みだった。


ゾロ、というのが彼の名前らしい。
本人から聞けなかったのが何となく口惜しいが、電話してみるわとナミさんの笑顔に此処には居ない彼を思い浮かべてまた心臓が高鳴った。


ドギマギと感謝の意を伝えたらそれにまたナミさんが笑って、隣の彼氏もニカッとしてカクテルを口に含む。
途端に瞳を輝かせてうめぇと叫んだのに、ナミさんは小さく彼を叱咤したけれど、そのどこか幸せそうな苦笑はサンジをまた笑わせるのだった。


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