天使の笑う夜


妬み、嫉妬、陰謀、奥の方に含められて隠しきれないその端がちらちら見え隠れしている。そんな笑顔が、今ちょうど会場に到着した1人の少年へと向けられた。

――否、実年齢は少年と呼ぶには些か多すぎるのであるが、そう感ぜざるを得ない程度には彼の顔立ちは幼く、表情はお菓子を買い与えられた三歳児のそれのように純粋無垢であった。


昼間は、からりとよく晴れた秋空に薄い白が所々被せられたその下で、長いこと共に歩んできた仲間達にささやかな誕生会を開いてもらった。
何の下心も無い綺麗な笑顔に囲まれて、彼は一抹の幸せを噛み締めたのだ。


夜は、彼がその身を置く世界の重鎮やら、ファミリーの権力に尻尾を振るだけの頭の鈍い輩やら、ありとあらゆる闇の人間が一同に会して彼の生誕を祝う。
彼が10代目になってからもう何年も、それは毎年開かれてきた。

親馬鹿な門外顧問と綱吉贔屓な先代の、規模が小さすぎるとの小言も既に聞き飽きて、最初の方こそ焦って弁解しようとしていた彼も、今でははいはいと聞き流せるようにまで成長した。


日中に暖かな光を投げていた太陽に代わって、月の光はほの暗く辺りを照した。
冷たい風が頬を撫ぜるのに彼はその華奢な体を1つ震わせて、後ろに控えていた2人へ声を掛けた。

「獄寺君も山本も、寒くない?」

彼らの背後で、豪奢な扉が静かに閉じる。
2人は笑って大丈夫だという意味合いの言葉を心配そうな彼に返した。


「お待ちしておりました、10代目」
ついと隣に現れた翁が恭しく腰を折る。それに彼は微笑を返して、そうして闇に息づく黒の元へ、一歩を踏み出した。





「ちょっと、出てくるよ」

散々、同盟ファミリーのボスだとかどこぞ良い家の御令嬢だとかに挨拶をして回って、漸く一段落ついた頃には彼はもうくたくたで、1人、外の空気を吸いたい気分だった。
「はい、10代目」

10年ほど前なら想像もつかないような台詞が、今の獄寺からはするりと出てくる。

昔に比べて成長したのは、綱吉だけでは無い。その周囲、守護者はもちろんファミリー全員、彼の家庭教師様もご満悦なくらいには心身共に大きくなったのだ。


「気を付けてな、ツナ」

変わらない、幾らか胡散臭くはなったが依然爽やかな山本の笑顔に見送られ、彼は1人、透き通るようなシャンパンを片手に会場を抜け出した。





ホールからせり出した から見上げた秋の夜空には、胸を透くような空気の中凛と円い月が浮かんでいる。

俯いた視線の先には、ちょうど、玄関ホールの灯りが小さく闇を照らしていた。偉大なる夜にその光は呆れるほど無力で、彼はそれに己を重ねた。



毎年恒例のこの行事に、これもまた毎年恒例で出席しない彼の独立暗殺部隊の面々は、今年もまた誰一人として顔を出してはいなかった。昨年までの綱吉ならば、それで万々歳であった。
何せ相手は、もう何年も前のことではあるが、一度この命を懸けて死闘を繰り広げた男率いる、それこそその名の通り人を殺すことばかりに秀でた者達の集団である。
いつ何が有ってもおかしくない状態の危うい均衡をこれまで保ってきた、彼の男との関係が壊れたのはほんの少し前のことで。


すれ違い様、掴まれた手首の熱と、掠れた、嫌にしおらしく聞こえたその声と。今でも十分すぎるくらいリアルに思い出すことが出来る。
伝えられた想いは確かに綱吉の中にも在って、彼の深い紅に見つけた翳りを拭えるのは自分だけなのかもしれないと、自惚れたのは他の誰でもない綱吉自身だった。


たっぷり2週間、焦らしたのではなく決断にかかった時間を含めそれくらい待たせてしまった。


彼は何も言わず綱吉を抱き締めた。確かにそこには暖かな愛が存在していた。
存在していたのだ、それなのに。

「…何で出て来ないんだよ」

はぁ、と吐いた深い息が空気を微かに揺らして、しかしそれもすぐに消えていく。


背後のホールに優雅な曲が流れ始めた。

「今のうちだからな」
これ逃したら一週間は口聞いてやんない、とどこか拗ねたような口調で嘯いた綱吉は、チラリと隣の濃い夜を盗み見た。


「随分な言い種じゃねぇか」

ユラリ、そこが揺れたかと思うと、立派な体躯の男が鼻で笑った。


「Tiamo XANXUS」

挑むように上がった綱吉の口角を男は眺め、更に笑みを深くする。
「Boun Compleanno 綱吉」

かじりつかれた唇に薄く残ったシャンパンの香りが鼻を掠めた。
屈強な腕に軽々と抱かれた綱吉はそのまま、14mは有ろうかという から飛び降りた男と共に夜の中へ消えていった。



シャンパンの残り香の背後、幻影の綱吉は優美な所作で女性の誘いを受ける。守銭奴の赤ん坊はその光景を眺めながら、上手く出来すぎたかと苦笑を溢した。


使
 (さあ、踊ろうか)


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