吐き出した言の葉は、


 昨日まで降り続いていた雨が、京の都に辿り着いた途端ぱたりと止んだ。道中ずっと籠の中で外の雨を見ておられた主人は、側を歩いていた俺にだけ聞こえるぐらいのお声でそっと、綺麗だと呟かれた。
天皇の魂胆は分かっていた。どうせ側仕えのなまくら供に唆されて、地方侵略の邪魔になった我が主を消してしまおうとしているのだろう。主人もそれに気付いておられるし、多勢にて上京なさるべきだと進言もした。けれど主人は、これも運命だと取り合って下さらなかった。今の天皇には多大なる御恩があるのだと、主人は笑っておられた。



 襲われるなら、京に入ったばかりの、人通りの少ない道だろうと思っていた。いつでも刀が抜けるよう、神経を張り詰めていた。俺の予想が当たってしまったのは、京に入って小一時間ほど歩いた頃だった。
元より田舎の藩主であられた主は、京に上る道中も多勢の付き人を従わせることは出来なかった。藩士にも金にも、限界が有った。それに対して京の手勢は厚く、陽光照り付ける白昼の下、ぎらぎらと不気味に光を反射させる刀が激しくぶつかり合い、多勢に無勢の状況で活路はもはや無いに等しかった。
背中を合わせて闘っていた藩士の1人が、俺の名を叫びながら、右手には紅く染まった刀を握り、空いている左手で、俺を庇うように突き飛ばした。

「お前は生き延びて、仇を、討て!」

幼い頃から供に育ち主へ仕えてきた奴の独眼が、訴えるように願うように俺を見下ろしていた。からからに乾ききった喉が貼り付いて声が出ない。傷だらけの身体は既に立ち上がる力を残してはいなかった。朦朧とする意識の奥底で、もう一度、俺の名を呼ぶ馴染みの声を聞いた。



 細く差した日の光に照らされて目が覚めた。軋む身体を柔らかい布団から無理矢理に引き剥がして、全身に巻かれた包帯と見覚えの無い光景に脳裏をものすごい速さで駆け巡る仲間の顔が重なった。

「あら、大丈夫ですか、お侍様」

とん、と軽い音で開いた障子戸から、若い娘が顔を出した。どうやら俺は、死に損ねたらしかった。
「兄が、道端で倒れていたお侍様を此処まで運んで来たんです」

娘の話によると俺はあの斬り合いの最中、仲間内で唯一生き残り、この娘の兄に拾われたらしい。幼馴染みの声が頭から離れなかった。仇討ちをと、哀願する仲間の思いを確かに聞いた気がした。
娘は、此処が京の町外れの茶屋であること、俺が寝かされているのはその二階で、自分と兄の他には医者しか来ないことを告げ、貴方が生きてて良かったと言って笑った。けれどその陰で、目元に溜まった涙をそっと拭うのを俺は見逃さなかった。主も情に厚く涙脆いお方だった。藩を出立する折、この旅路は死地に出向くようなものだと、お前らを守ってやれない自分が情けない、申し訳無いと御自分よりも配下の俺達を思って泣かれるような方だった。性こそ違えど、この娘と主とは似ているのかもしれない。見ず知らずの侍に涙を流す娘はひどく美しかった。


「長くお休みのままでしたから、急に動いてはいけませんよ」

愛刀を探して部屋の中を彷徨する視線に、娘は先制するように言葉を継いだ。あいつに生かされた命は仇討ちの為に使うつもりだった。外れとはいえ、華やかなのは外見ばかりの京に住まう者として、娘も俺の身に何が有ったのか分からないはずは無かった。そして今から俺が何をしようとしているのかも、恐らく悟った上で娘は頑なに刀を出そうとしなかった。

「今は、御自分の身体のことを心配なさってください」

きっぱりと言い切られて、言葉を返す代わりに睨んでやったら、娘は一寸眉尻を下げた後すぐに睨んだって駄目ですとはね除けた。

「ひどいお怪我だったんですよ」

困ったように笑う表情が、亡き主に重なって思わず手を伸ばしていた。掴めなかった、このお方は俺が守ると誓ったのに。優しく包まれた掌が、人の温もりに少し痺れた。


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