黙ってくれないか、



*学パロ


 昨日まであんなに寒かったのに、今日はすごく暖かくなった。空は青く澄んでいたし、背中に注ぐ光はぽかぽかと温い。何だか良いことが有りそうな天気だ。誰かの想いが誰かに届きますように、私の想いはもうどうだっていいから。



 小さい頃から高校の今までずっと一緒に育ってきた1つ上の幼馴染みが受験生になって、センター試験を受けて、それまで会うのもメールも電話も我慢していたのに、まだ本試験が有るからなんて言われて、付き合ってるわけでも何でも無いけれどやっぱりちょっと寂しかった。私の気持ちは膨らんでいく一方で、相手は何も知らずにどこか遠くへ、私の知らない世界へ旅立ってしまう。追い抜くことも、追いかけることさえ出来ないのなら、いっそこんな気持ち忘れてしまえたらどんなに楽だろうか。そんなの無理だって分かってるから余計に辛くなる。切なくなる。ただちょっと離れていただけなのに、神田が私の知らない神田になっちゃいそうで怖くて、だから毎年の習慣と勢いだけで作ってしまったガトーショコラも今年が最後になるかもしれなくって、そんなの嫌だなんて本人には言えない。だって彼は彼の夢を追いかけて行くのだから。そこに私が入り込む余地は無いだろうし、そうしようとも思わない。邪魔だと思われるのだけは嫌だった。それなのに、今、私の右手で揺れているのは多分誰にも食べられないで捨てられる運命のバレンタインチョコで、未だに渡したい伝えたいと未練がましく喚く心はどれだけ押さえ付けても収まるところを知らなかった。


「…おい、」

だから、ねえ神田、私本当にびっくりしたの。

幾らなんでも都合が良すぎて、夢なんじゃないかって目をしばたかせても、待ち合わせによく使っていた大きな桜の木の下の幼馴染みは私の視界から消えたりはしなかった。だけどやっぱりどうしたって信じられなくて、だって、あの神田がもしかして私のことを待っていた、なんて何かの間違いにしか思えないの、きっと神田のことを知っている人なら誰しも共感してくれるだろう。あともう2ヶ月もすればその両腕いっぱいに薄い桃色を咲かせる大木も、今はまだ茶色い身体を剥き出しにしている。その下で、彼はもう一度私を呼んだ。念のため辺りを見回して後ろも振り返ってみたけれど、そこには私と神田の2人しか居なかったから、彼の言葉と視線は私に向けられていたのだと思う。

「どうしたの神田、今は、」

うるせぇよと彼の不機嫌を滲ませた声が私の台詞を遮った。会わないんでしょうなんて思ってもいない続きは、喉の奥で行き場を無くして詰まって少し胸が苦しくなった。


「…あのね、」

沈黙は嫌いだ。

「これ、バレンタインの」

チョコレートブラウンの袋を差し出す手が、震えるているような気がした。ああ、頬が熱い。受けとる幼馴染みの手がまた大きくなっているようで、思わず上げた視線が彼のそれとかち合った。

「毎年作るから今年も癖で作っちゃって、あ、でも神田に会わなかったら自分で食べちゃおうって思ってたんだけど、あーあ、会っちゃった、食べれな、」

「…おい、リナ」

言い訳がましく捲し立てる私をまた遮って、神田の口が彼しか呼ばない私の固有名詞を紡いだ。




黙ってくれないか、

(キスができないだろ)
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