手のひらに恋の残骸

 すごく大事にして伸ばしていた髪をばっさり切った。友達は皆どうしたのって聞いてくれるけど、失恋して髪を切ったなんて古風なこと言えるはずも無くって、ただ1人ミランダだけ何も聞かずに似合ってるわって微笑んでくれたから、目頭が熱くなってちょっと泣いた。





手のひらに残骸







 あの先輩、剣道で推薦されてすごく遠い大学に行っちゃうらしいよって、誰かが教えてくれた。自分のことは何にも言ってくれないから、ずっと近くの大学に進学するんだって思って疑いもしていなかったのに、もう会えないんだって思ったら、どうしてこんなに好きなんだろってぐらい胸が苦しくって、何度も泣いた。ただの幼馴染みのままで居られたら良かったのに。もうすぐ桜が咲く。学校の屋上で彼に会えるのも最後だった。


「……神田は、遠くの大学に行っちゃうんだ」

独り言みたく呟いた私の言葉に神田が小さく反応したのを、私は見逃さなかった。

「何で言ってくれなかったの?」

「お前には関係ないだろ」

それでも教えて欲しかったんだよって言いたかったのに、屋上で寝転がっていた神田はそれ以上聞く気が無いみたいに私に背を向けてしまった。聞いて、私は貴方が好きなんだよ。ちゃんと言おうって、今日しか無いんだって決めてきたんだから。

「もう、会えないんだ……」

口に出して言ったら余計に胸が苦しくて、思わず溜め息を吐いた。会えない、会えない、神田に。さらさらの髪をいじるのも、意外と幼い寝顔を見れるのも、今日で最後なんだ。明日の卒業式は、きっとたくさんの後輩に囲まれるんだろうな。第2ボタンもらいたいって女子が話してた。

―――私も欲しいなぁ、なんて。


「ねぇ、神田、聞いて」

「……何だよ」

無愛想な返事はいつものこと。ラビの方が愛想は良いし、アレン君の方がよほど社交的だ。何で私はこの人が好きなんだろう。

「あのね……、私、神田のことが好きだよ」

「っ、」

無愛想で無器用で冷たい癖に、本当は誰よりも相手のこと考えてる。ただそれを表現するのが下手くそなだけだって、今まで一緒に居て分かった。

「もしも神田が、私と同じように想ってくれてるなら、明日、神田の第2ボタンをちょうだい」

校門で待ってるから、と捲し立てるように言って、立ち上がった。

「リナ、おいちょっと待て、―――リナ!」

背中に呼び止める声がぶつかったけれど、素直に立ち止まったその後に待っているかもしれない拒絶の言葉が怖くて、振り返らずに屋上を出た。













 少し肌寒い風が頬を撫でる。昨日はよく眠れなかった。何度も目が覚めてその度に心臓は軋むような音を立てていた。友達に用事があるからって言って1人で来た校門にはちらほら卒業生の姿が見え始めている。もうすぐ、神田も来るだろうか。五月蝿い心臓と手持ち無沙汰にもやもやして足元に転がる石を蹴っていたら、向こうから集団が歩いてきているのが見えた。花束や手紙を持った女子の中心には、面倒そうに顔をしかめる神田と、笑うラビの姿が在った。私に気付いたラビが神田を小突いて、此方に手を振ってくれた。神田の深い瞳が私を捉える。


「………あ、」

何となく目をやった神田の胸元に、有るべきはずのものが無くなっていた。そっか、第2ボタンもう誰かにあげちゃったんだ。勝手に期待して、バカみたい。バカみたいだ、私。
気付いたら走り出していて、どうやって家に帰ったのか余り覚えていなかった。部屋に閉じ籠って泣いた。走り出す一瞬前に見た神田の目が今も頭にこびりついて消えない。どうしてあんなに真っ直ぐに私を見たの。幼馴染みだからって、一緒に居る時間が長かったからって、自惚れていたんだ。

「かん、だ……っ」

もう会えない。バカみたいだ。私のバカ、こうなるなら、言わなきゃ良かった。ただの幼馴染みのままで居れば良かった。明日からも学校はある。良かった、もう神田は居ない。顔を合わせたら泣いちゃいそうだから、なんて嘘ばっかりで、本当は会いたくって仕方が無い。こんなんじゃダメだ、応援してあげなきゃ。こんな気持ち早く忘れて、ちゃんと、今までみたいに。













 すごく大事にして伸ばしていた髪をばっさり切った。友達は皆どうしたのって聞いてくれるけど、失恋して髪を切ったなんて古風なこと言えるはずも無くって、ただ1人ミランダだけ何も聞かずに似合ってるわって微笑んでくれたから、目頭が熱くなってちょっと泣いた。抱き付いたミランダの体温は優しくって、頭を撫でてくれる手が嬉しかった。

「ありがとう、ミランダ」

「リナリーちゃん……大丈夫?」

「うん」

大丈夫、頑張れる。神田が居なくても、大丈夫。言い聞かせるみたいに何度も心の中で呟いて、笑った。

「大丈夫よ、頭も軽くなったし」

春っぽいでしょ、と頭を振ってボブになった髪を揺らして見せたら、でも、と困ったように眉を下げてしまった。

「泣いてるわ、リナリーちゃん」

「え、」

制服のポケットから白いハンカチを取り出して目許を押さえてくれながら、ミランダは無理しないでと言ってくれた。私はなんて弱いんだろう。強くならなきゃ、笑ってなきゃ。

「……ありがとう」

「ええ、どういたしまして」

大丈夫よ、もう一度呟いたら、短くなった髪を風が浚ってふわりと舞った。













「本当に、行かなくても良いのかい」

 神田くん、今日の16時にあっちに行くらしいよと言った兄さんは、見送りには行かないと返した私を困ったように見つめた。

「うん、良いの」

卒業式の日から、一度も会っていない。その方がお互い良いんだって思っていた。だってまだ好きなのに、会えないよ。神田だって私が行っても気まずいだけだ。遠くに行っても応援してる、今はそれだけで精一杯だった。

「もう会えないかも知れないんだよ?」

心配そうに声をかけてくれる兄さんに良いのよ、と言って部屋に入った。規則的に音をたてる時計が丁度14時を指していた。あと、2時間。そうしたら、神田は居なくなってしまう。大丈夫、と言いかけて最近こればっかりだな、と笑えてきた。寝てしまおう、起きていたら余計なことを考えてしまいそうで怖かった。






ケータイの着信音で目が覚めた。枕元の時計は16時を少し過ぎている。ああ、神田はもう出てしまったんだ、と思いながら開いた小さな液晶に、神田その人の名前が表示されてすごくびっくりした。

「か、かんだ?、何で、もう出たんじゃ」

『外出てこい、いつもの公園で待ってるから』

「え、神田!?」

『っ…良いから、来いって!』

一方的に切られた電話の向こうで、電車の走り去る音がした。いつもの公園、通学路の途中、毎年桜が綺麗な公園でお花見をしていた。あの公園のこと、だよね。玄関を飛び出しながら、ふと目に入った庭の桜の木は小さな蕾をつけていた。













 大きな桜の下で、幹に背を預けて立つ神田の横顔がすごく綺麗で、思わず息を飲んだ。顔を見てしまえば会いたかったって気持ちが溢れてしまって、どうしようもなく胸が苦しい。走ったせいで弾んだ息を落ち着かせるようにゆっくり深呼吸しながら、そっと神田に近付いた。


「リナ、」

私に気付いた神田が、私の名前を呼ぶ。それだけで胸が締め付けられて、せっかく落ち着かせた心臓がまた早鐘を打ち始めた。

「髪、切ったのか」

「……うん」

2人の距離を詰めて、神田の細い指が私の髪を掬う。神田の体温が近い。胸が苦しい。思うように声が出なくて悔しかった。私ばっかりこんなに好きなんだ。

「これ、お前にやる」

コロリと手の中で転がったそれは少しくすんだ金色をしていて、握り締めていた神田の温度が移って暖かかった。

「これって……第2ボタン?」

望みを込めて発した問いに無言の頷きが返ってきて、思わず泣きそうになった。

「俺も、リナのことが好きだ」

涙を堪えるのも限界で、ボロボロと溢れてしまったそれを神田が無器用に拭ってくれる。抱き締められた肩が暖かかった。

「だって、何で、あの時無かったのに」

「あ、れは、」

珍しく言葉に詰まる神田を見上げるとばつが悪そうに視線を背けられた。

「お前に渡そうと思って最初から取っといたんだよ」

他の奴等に取られるかもしんねぇだろ、と口の中で呟いた神田が、照れ隠しみたいに抱き締める力を強くした。ああ、ほんとバカだな、私。こんなに幸せだって思ってるのに、涙が止まらない。


「ほーんと、世話の焼けるカップルさ、お前ら」

背後から軽い声が聞こえて振り返ったら、頭の後ろで腕を組んだラビが立っていた。

「せっかく俺が駅まで見送り行ってやったのに、こいつやっぱ乗らないとか言い出すんだぜ」

リナに会わないとあっちに行けないとか言ってさ、とにやにやしながらラビが言うから、恥ずかしくて頬が熱い。

「バッ、このバカ兎!」

ゴツッと鈍い音にラビの悲鳴が重なった。心なしか神田の耳が赤い。目が合ったらまた反らされて、悪ぃかよ、なんて神田が言うものだから、頬も目頭も熱くなって困った。



(ラビ、いつからそこに居たの)
(んー、ユウがリナリーの髪触ってる辺り?)
(最初っからじゃねぇか!!)

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