明るい金髪、水色の眸、端麗な容姿、高慢な笑み。
会議室からの帰りにこの間ふと見掛けた男が目に入った。
「あーアヤたん、俺ちょっと用事出来た」
先頭を歩く上官に告げると相変わらずの無表情が振り返る。
しかし俺はもうその男の方に歩き出していた。
近付く俺に振り返ったその横っ面を右手の甲で叩き飛ばす。
「かは・・っ!?」
ガンッと頭を壁に打ち付ける音が響き、ずるりと壁に赤い跡を残して男は床に崩れた。
「ちょっと付き合ってよ」
金髪が部分的に赤く染まっているのを目にし、つい口元がつり上がる。
返事の無い男の襟元を掴んで空き部屋まで引き摺って運ぶ。
「おい、ヒュウガ・・」
「殺さないよ」
カツラギの焦り交じりの呆れ声が聞こえ、即答して俺は空き部屋の扉を開けた。
「助け・・っ!」
下から漏れた聞き苦しい声に苛立って決して小さくは無いその体を部屋の中に放り投げる。
鈍く重い音が部屋の中に響いた。
「午後の会議には遅れないようにしろ」
無感情に告げてアヤたんは踵を返す。
何人かはいつものことかとアヤたんの後に着いて行き、
カツラギは上にバレたら面倒だとばかりにため息を吐いて俺に背を向けた。
「はいは〜い」
ひらひらと、とっくに俺に意識などないアヤたんに手を振る。
キィ・・と蝶番が音を立てて、ゆっくりと空間を二つに遮断した。
「見捨てられちゃったねぇ可愛そうに。
でも悪い事したんだから仕方ないかー」
いつの間にか部屋の隅まで逃げている男に目を向ける。
怯えるその様子は今にも捕食されそうな小動物だ。
「俺はっ、何・も・・っ!」
呼吸がまともに出来ていないようで
ひゅうひゅうと喉から乾いた音を出しながら男が答える。
「嘘。<first>ちゃんの髪に触ったでしょ」
俺の言葉に男は目を見張った。
何のことだか思い出しているのか、そのまま男はちっとも動かない。
暫くして漸く声が上がった。
「あ、あれは・!彼の髪に虫が・・っ!!」
「煩いよ」
言い訳を述べるその口に爪先を突っ込んでそのまま蹴り飛ばした。
後頭部を打ち付けた男の目がぐるりと一瞬彷徨う。
内出血でもしたのかつーっと男の鼻からは血が伝っていた。
「ってか。<first>ちゃんに近付いた時点でアウトだから」
笑みの消えた俺の顔を涙で濡れた眸が映す。
「っふ・・ぅ・・ッ」
がくがくと全身を小刻みに震わせた男の股間からじわりと液体が広がっていった。
「汚ぇなぁ・・靴が汚れたらどうしてくれんだよ」
未だ突っ込んだままの爪先をぐりぐりと回して男の口を無理に広げる。
「あがッ・・ぁ・ぐ・っ・・!」
呻き声を上げる男の顎がごり・・っと外れた音が響くのを
目の前にいる俺は何処か遠くで聞いた。


それから数週間後、名前も知らないままのその男が
身体の至る所に包帯を巻いている姿を食堂で見かけた。
向こうは俺に気付いていないようで、
利き手が折れて使えないために不便そうに食器を運んでいる。
ふと男をぼんやりと見つめる視界の中に恋人の姿が見えた。
「どうしたの・・!?」
驚いて目を丸くする、新鮮な<first>の反応が気に喰わない。
俺が大怪我をしてもあんな顔してくれないくせに。
そんな事を考えていると<first>の問いにも答えずに
まるで死神でも見たかのような顔をして男は唯一無事な足で<first>の前から走り去る。
何の為に足は無傷にしてやったのか、あいつは気付いただろうか。
くつくつと嘲笑を零すと<first>と目が合った。
半ば呆れたような、しかし先ほどとは別人の冷たい表情で俺に歩み寄る。
作った拳で俺の頭をこんと叩いてそのまま<first>は俺の横を通り過ぎた。
「あーぁ」
期待したのとは全く違う、けれど予想通りの反応にわざとらしくため息を漏らす。
「怒鳴ってくれたら、抱き締めてあげるのに」
もう聞こえてはいないだろう後姿に呟いて俺は口元を笑みに歪めた。
あの男の首をプレゼントでもしたら<first>は俺を叱ってくれるだろうか。
或いは、<first>は分かっていて何も言わないのかもしれない。
もしそれで<first>が血相を変えて俺を怒ったら、
それこそ何十もの首をプレゼントされるだろう事を。
だったら俺が拗ねる前に構ってくれれば良いのに。
「・・さて、次はどれにしようかな」
伸びをしてから俺はゆっくりと<first>の消えた方向へ足を進める。
<first>は人気者だから、今日も俺は大忙しだ。



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