君は俺の恋人なのに君は俺の物である筈なのに。 何でそうやって俺以外の奴にへらへら笑ってられるんだろう。 何回言ったって何回怒鳴ったって何回殴ったって君はまるで懲りない。 きっと俺が君に刀を振り翳しても、君は怯えるどころか俺を見もしない。 その首が刎ねた後だって。 ガシャンッとコーヒーカップが割れる音が響いた。 確かこの間、新しく買ったとか言ってた恋人のコーヒーカップだ。 「あー・・また新しいの買わなきゃ」 足元で粉々になっているコーヒーカップを見下ろして 冷めた表情の恋人――<first>=<family>がかったるそうに呟く。 その場に片膝を付いてその破片を拾い出す<first>の手元に、俺は今度は小皿を投げ付けた。 再び大きな音を立てて、<first>の手から数センチ離れた所で小皿が割れる。 「痛・・」 飛び散った破片で指を傷付けたらしく、言って<first>は薬指の先を口に含んだ。 「俺の話聞いてる?」 あくまで冷静な<first>に腹の中に煮え立ったものは更に煽られていく。 「聞いてるよ」 俺の方を見もせずに答えて<first>は破片の回収を再開した。 かっと頭に血が昇ったのを感じたのはさっきの事だから、 今のは血が沸騰したとでも言うのだろう。 乱暴に椅子から立ち上がり<first>に歩み寄る。 俺がその前に立っても顔を上げない<first>の頭を、 ブーツを履いた足で床にぶつけるように踏み付けた。 「っ・・」 小さな音が幾つか鳴って、<first>の顔の側面に破片が突き刺さる。 しかし<first>は一瞬衝撃に目を瞑っただけで俺の足を退けようともしなかった。 「何?痛いよ」 のんびりと告げて<first>は空いている手で散らばった破片を拾う。 じわりと<first>の頬がついている地面から血が滲み始めた。 「もうあいつと話さないで」 「<friend>?無理だよ友達だもん」 俺が殺気を放ってることなんて分かってるくせに、 怖がることなんてちっともしないでしれっと<first>は答えた。 爪先で蹴飛ばすと後ろの本棚に<first>の背が叩きつけられる。 その右頬は真っ赤に染まり、所々破片が突き刺さっていた。 「いいよじゃあ、その口縫っちゃうから」 言って<first>の自室であるここのクローゼットを開く。 裁縫道具なんてものが男の部屋にあるのは珍しいとかいう話を昔したことを思い出して、 少し錆びている針と白い糸を取り出した。 「喋れなくなると色々不便なんだけど」 自分の頬から破片を抜き取りながら<first>はズレたことを言う。 「知らないよ」 針に糸を通しながら答えて<first>の前にしゃがみ込んだ。 破片を踏んだのかパリンと小さな音が響く。 左手で<first>の下唇を摘んで浅い所に針を突き刺した。 「っ・・ぅ」 声は漏れたが表情は依然として冷めたままだ。 柔らかい唇を通り抜けていく針は錆びているため滑りが悪い。 その分痛いだろうに、傷口から出血しながらも<first>は未だ頬の破片を抜いていた。 にちゃりと血液が<first>の頬と破片との間に糸を引いている。 それを尻目に、完全に針が通った所で今度は上唇を内側から刺した。 ぐいと引っ張ると<first>の口の端が白い糸によって閉じられる。 傷口の近くの糸は赤く染まっていて、止まらない出血に糸の色が全て赤く変わりつつある。 「ねぇこれ終わったら取っちゃうよ」 引き攣った唇で喋る<first>は漸く頬の破片を全て取り除いたらしく、 暇そうにぼんやりと宙を見つめていた。 「ダメだよ。このままでいて」 二針縫い終わって<first>の口は三分の一ほど塞がれる。 随分と喋りにくそうだがそれでも<first>からやめてという言葉は出ない。 「嫌だよ邪魔じゃん」 「ダメっつったらダメ」 勢いをつけ過ぎて<first>の舌まで刺してしまった。 少しだけ顔を顰めて下手くそと<first>が呟く。 「じゃあ、ほら・・えーっと。・・あ、あれあれ。 口塞がっちゃったらヒュウガとキス出来ないよ」 明らかなご機嫌取りだったが<first>の口からそんな言葉が出たのは驚きだ。 ご機嫌取りなのだからもう少し可愛らしく言ってくれてもいいものだが、 <first>は相変わらずの無表情で淡白にそう告げた。 「あーでもそれ困る。<first>とキス出来ないのは俺がヤダ」 しゃあないと吐き棄てて地面の破片を一つ拾う。 それで糸を切り始めた俺を<first>は憮然と見つめていた。 ただ糸を切っただけだからまだ唇には数本の糸が通っていたが、 口は開くのでキスは出来るだろうと両頬に手を添えて唇を寄せる。 左手にぬるりと感じたのが何故なのか一瞬分からなくて、 あぁ怪我してたなと自分が付けたものにもかかわらず可笑しなことを思った。 「ん・・」 唇が重なると、今日一番感情が篭った声を<first>が漏らす。 舌を絡ませると<first>は何処かうっとりとした顔をして目を細めた。 さっきまで一度も表情の変化の無かった人間とはとても思えなくて、 <first>にとって俺はもしかしたら身体目当てなんじゃないかと もう何度考えたかも分からないことが頭に浮かんだ。 「ねぇ」 合間に声を掛けられ一旦キスが止まる。 「このままえっちしよ」 ほら、こんな事を言う。 無愛想な表情のままで色気も何もない言い方をした<first>は ため息を吐きそうになった俺の首に腕を回してくる。 「<first>ちゃんそんなに俺の身体好き?」 冗談半分に問うと、俺の顎に舌を這わせ始めた<first>が少しばかり興奮した顔をして答える。 「うん好き」 俺のことを好きかと聞いても即答など有り得ないくせに。 このまま出てってやろうかなんて考えたが<first>はもう俺の首筋に吸い付いている。 結局今日もこうやって流されるのだろう。 俺の扱い方などすっかり心得ているようだ。 「ヒュウガ?」 なかなか再開しない俺に焦れたのか<first>が俺の耳に舌を這わせながら問う。 「あー・・なんでもねぇ」 ため息交じりに告げて目の前の白い首筋に噛み付いた。 血が滲み始めるそれはさっきまでの戯れと何ら変わりのない筈なのに 傷口を嬲る度に実に気持ち良さそうな声が上がるのを、俺は耳元で聞いていた。 |