バタバタと部員が体育館の床を走り回る音、ボールが床と選手の手を往復する音が聞こえる。 ピーっという彩子ちゃんが吹く笛の音や、皆の掛け声。 そんなのを聞きながら僕は体育館の隅でボールを磨いていた。 マネージャーと言っても僕がやるのは雑務だ。 試合の組み立て、ボール磨き床磨き、ユニフォームの注文・修繕。 審判もたまーにやるが、彩子ちゃんみたいにびしっと言えない僕は審判に向いてない。 それに。 「桜木っ!個人プレーに走るんじゃねぇ!」 おぉっ。怒鳴られたのは桜木なのに僕がびっくりした。 桜木やリョータ、赤木先輩ならともかくあの三井先輩にファールなんて取れる訳がない。 今の何処がファールなんだよとあんな風に言われれば、はい貴方様の言うことに間違いなどございませんえぇございませんとも状況に陥る。 ていんていん・・・ するとボールがそんな音を立てて僕の方に転がって来た。 「悪い、取ってくれ!」 びくびくぅっ 肩を目に見えて竦めた。 何故って、聞こえたのは三井先輩の声だったから。 膝から下が僕の視界に入って、あぁ怖い。見られてる。怖い。という思いが湧く。 まるで肉食動物に餌を与えるように、僕はボールを指でちょいと押して先輩の方に転がした。 ものすんごいゆっくりな速度でボールは先輩の爪先に辿り着いた。 ふぅ、危機を乗り越えた。頑張ったぞ僕。 「・・お前なぁ」 えっ!? 反射的に顔を上げるなんてことはしなかったが、まだ乗り越え終わっていなかった危機に心臓が跳ね上がった。 「はっ、はい。何ですか?」 視線は三井先輩の足元。 顔を見ないのは失礼かもしれないが、無理だ。 顔なんて見たら失神するに決まって・・・。 「目ぇ見て話せよ」 気付いたら三井先輩はしゃがんでて、僕の顔を覗き込んできた。 視界いっぱいに先輩の顔。 鋭い目付きに(先入観)、顎に何をどうしたのか(考えたくもない)傷痕があった。 「わあぁっ!」 怖い。怖い。怖い。 また怒鳴られるのは嫌だ。 「お、おい・・」 「あーっ!!またみっちー<名字>さんいじめただろっ!」 桜木の声が聞こえた。 何だかいつも僕にぴったりのタイミングで桜木が現れる気がする。 「だから違ぇって!」 僕はというと体育館の更に隅で壁に向かって座り俯いていた。 ぐるぐると頭の中は恐怖でいっぱいだ。 僕はちゃんとボール渡したのに。無視もしなかったのに。 なんて怖いことするんだろう。 「どうしたんだ?」 穏やかな声に見上げると小暮先輩が心配したような顔で僕を見下ろしていた。 「せ、せんぱぁい・・っ」 仲間リストその3の先輩は仲間リストの中でも特に優しくてほんわかとした先輩だ。 その小暮先輩の足元に、逃げるように抱き付いた。 「えーっと・・。何があったんだ三井?」 「・・俺が聞きてぇよ」 【補足】天然とは思い込みが激しく自分が正しいと信じて疑わないのだ。 |