僕の世界と彼の世界が触れたのは唯その一度きりだった。
それから彼と幾ら擦れ違おうとも、まるで僕などそこに存在していないかのように彼は振舞う。
それとも実際に彼の世界に僕は存在していないのだろうか。
いつの間にか僕の世界の片隅にはいつも彼がいて、それが酷く気に入らなかった。

空が高い。
登校しながら空を見上げそんな事をふと思う。
一限目はもうとっくに始まっていて僕は教室に向かうことなく屋上への階段を登る。
扉を開けた時に目に映ったものはまるで絵画か何かのようだった。
真っ青な空を遮る古びたフェンスを背景に、一人の少年が静かに目を閉じていた。
ぽつりと彼の名が口をつく。
しかし彼は目覚めることはなかった。
ゆっくりと彼に歩み寄ろうとも彼は僕に気付かない。
僕はここにいるのに。
――今君のすぐ目の前に、いるのに。
彼の前に片膝を付いた。
眠り姫のような彼の唇に自分のそれが触れる。
開かれる眸に僕が映る。
ぼやけていたそれがどんな表情をしていたかまでは分からない。
だが僕は映ったのだ。
彼の眸に、彼の世界に。
「授業始まってるよ」
僕の言葉に彼は目を丸くする。
しかし次に驚くこととなったのは僕の方だった。
「雲雀恭弥。君は僕が好きなの?」
すっと細められた目には依然として僕が映っていた。
映っていたが・・口の端を吊り上げて嘲笑った彼はまるで別人だ。
別人と言えるほど確かに僕は彼を知らない。
しかしここ一ヶ月、毎日のように僕が見掛けた彼ではない。
「一目惚れってやつは良くないよ。
 大抵は期待外れだからね」
言って彼はぐいと腕を空に向けて大きく伸びをする。
隠すこともなく欠伸をして、
再び僕を見た彼の笑みは変わらず人を見下したようなそれだ。
「驚いてるってことは君も期待外れだったんだろ?
 ははっ、可愛いね君」
何が可笑しいのか噴き出すように彼は嘲笑う。
馬鹿にされたのに驚きが苛立ちを凌駕したのだろうか、いつもの皮肉は出てこなかった。
「僕は君が好きなの?」
さっき彼に聞かれたことと似たような台詞を返すと彼は少し目を丸くする。
「さぁ。君のことなんて名前くらいしか知らないからね」
不思議な気分だった。
明らかに惹かれていた彼が自分の想像と違ったのは事実だ。
ただ僕がどんな想像をして彼に惹かれていたのか全く思い出せない。
つまり、期待外れなどという感情は何処にもなかったのだ。
「僕もだよ」
呟くように答えてそっと彼に近付く。
唇が再び触れても彼は身じろぎ一つしなかった。



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