長年両想いであった幼馴染同士が中三になって終にくっついたらしい。
プライドの高い堅物が迫ったのか、
どうでも良い奴には容赦の無い猫被りが打ち明けたのかは知らないが
まぁずっといじらしく思っていたので良かったことだろう。
妙に上機嫌で教室に入ってきた猫被りこと<名字><名前>に
何か良いことがあったのかと問い掛けると、
<名前>は猫さながらに俺に擦り寄ってきて声を潜める。
「真田がね、僕のこと好きだって言ったの」
頬をこの上なく緩ませる<名前>はまるで幼い子供のようだ。
至極嬉しそうな<名前>の頭をぽんぽんと叩いてやると、<名前>は更に体をくっつけてきた。
男が男相手にくっつくなど傍から見れば気持ち悪いだろうが
<名前>は両親に似て端麗で可愛らしい顔立ちをしている。
小学生の頃はそれこそ女の子にしか見えず、
着替えやプールなどで同じクラスの男子が戸惑っていたほどだ。
今では身長もそれなりに伸びて少しは男らしくもなったが
今度は痴漢に悩まされそうである。
「へぇ、ついに真田が言ったんだ」
問うと<名前>は首を横に振った。
「違うよ。
真田がいつまで待っても言ってくれないから、自分から言ってみた」
あぁやっぱりか、と内心思ったことは告げないことにした。
<名前>の猫被りは弦一郎の前でが一番ひどい。
俺に擦り寄ることも無ければ、お得意のおねだりも我儘も弦一郎の前では言わない。
いかにも道徳的で人に信頼されるような男を振舞うのだ。
「それでもうキスはしたのかい?」
気が早いかもしれないが<名前>なら有り得ないことではない。
弦一郎は知らないが俺など出会って初日でされた。
「まだだよー。真田がそんなすぐ手ぇ出して来る訳ないって。
告白するのでさえ五年以上掛かったんだから」
呆れたようにため息を吐いて<名前>は唇を尖らせる。
「<名前>のファーストキスが俺だって知ったら、弦一郎も焦って手出しして来るかもよ?」
ふっと笑って告げると<名前>は駄目だと慌てて連呼する。
「ファーストキスは真田だってことにさせとかなくちゃダメ。
軽い奴だって思われたらヤダもん」
実際軽い奴だろうが、と思ったこともまた自分の中に留めておく。
少なくとも<名前>が八年近く弦一郎のことを好きであるのは知っているので、
そういう意味では一途であることは解っていたからだ。
先ほども言ってみたなどと軽い口調で言っていたが、
八年も好きで言い出せなかったことをそう簡単に言えたとは思えない。
何故突然言い出す気になったのか、と聞いたら恐らく答えてくれるだろうが
それは何処か癪だった。
「だから真田からして貰わなきゃ」
また何年掛かるのか分からないことを言い、<名前>は俺の隣で思案を始める。
こうやって惚気はしてくるくせに今まで一度も<名前>は弦一郎に関することで
俺に弱音を吐いたことはない。
自分の中だけで悩んで苦しんで、そして弦一郎の前でさえ笑ってみせるのだ。
きっと昔からではなかったそれはいつからか長い時間を掛けてすり替わり、
今では偽りの笑顔さえ見抜くことが出来なくなった。
「そう、頑張ってね」
微笑むと<名前>も嬉しそうに頬を上げる。
そして第三者に追いやられた俺はただ願うことしか出来ないのだ。
<名前>が作り上げた完璧なまでの仮面を、いつか弦一郎が砕いてくれることを。



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