通り過ぎた公園から子供の声が聞こえる。
橙色の夕暮れもその空を舞う鳶も、今まで俺の意識にはあまり入ってこなかったものだ。
思えば一人で帰るのは随分と久しぶりだ。
今頃あの二人はどんな話をしているのだろうか。
折角一人でいるというのにまた俺は二人のことを考えていた。
そんな頭にふと浮かんだのは今日の昼休みのことだった。


【話ってなんじゃ?】
人気のない階段下で俺を前にした仁王は頭を掻いて俺から視線を外している。
先ほど<名前>の前でしてみせた怒られる前の子供みたいな雰囲気は今や何処にもない。
・・何でこんなにも苛立つのだろう。
【余計なことをしないで欲しいんだけど】
予想がついていたのだろう、何をと聞き返してくることもなく仁王は俺を横目で見る。
【それは幸村に関係があるのかのう】
苛立っているのは仁王も同じようだった。
この男は一体何がしたいのだろう。
二人に介入するその姿はただの冗談というには行き過ぎている。
何か利己的な目的があると思わずにはいられなかった。
【あるよ。僕の大事な親友たちにちょっかいかけないでくれないか】
涼しい顔をしたまま、仁王はわざとらしく目を丸くして笑う。
【その大事な親友たちはお互いのことしか考えてないようじゃけどの】
本来なら腹が立つはずの台詞に俺は違和感を覚えた。
もしかしたら台詞ではなくて表情にであるのかもしれない。
浮かんだひとつの可能性を、そのまま口に出した。
【君はどっちの意識を、自分に向けたいのかな?】
俺の言葉に仁王は今度こそ驚いた顔をした。
あぁ、なんだ、と。
腑に落ちたのかもしれない、いつの間に俺の口元には笑みが浮かんでいた。
微笑む俺とは対照に仁王は驚きの抜けないまま何も言えないようだった。
確信めいた予想も何ら根拠のないものであったが、それでも俺は安堵していた。
【何言ってるんじゃ】
冗談だと笑い飛ばすその様子は、普段完璧に嘘を演じきってみせる仁王にしてはあまりにも不格好だった。
【だめだよ仁王】
いつの間にか<名前>と親しくなっていた仁王の真意がずっとずっとわからなかった。
<名前>の味方のようでいて時折仁王は<名前>の敵に回るようなことをする。
今の俺たちを崩すかのような、何か恐ろしいもののように感じていた。
しかし。
【君にはどっちも渡さない】
違ったのだ。
彼は俺が思っていたようなものなんかではなかった。
そんな、そんな甘い恋心じゃ、俺には勝てない。
【そろそろ授業が始まってしまうね】
立ち尽くしたままの仁王の顔をもう見る必要はなかった。
明日の朝教室で<名前>に会ったら何て声を掛けようか。
その横を通り過ぎた俺の頭の中は、もう放課後の二人のことで埋めつくされていった。


思い切ったことを言ったかもしれないなんて、今になってそんな事を思う。
何故俺はあんなにも流暢に本心を喋ったのだろう。
俺の言葉に仁王はただ驚くばかりで、目を見張るその姿は何処か傷付いているようにも見えた。
もしかしたら揺れ惑う仁王にいつかの自分を重ねたのかもしれないと、暮れていく空を見上げて遠い日の自分を想った。



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