一週間ほど前から<名前>の様子がおかしいことには気付いていた。
去年もそうであったから、理由の思い当たる俺はそれほど焦りもしなかった。
いつも以上に傍にいる方が良いのか、それとも俺を見る度につらいなら少し距離を置いた方が良いのか。
悩んでも結局俺にはわからない。
「じゃあまたね」
引き攣ったような笑顔はきっと<名前>にとって精一杯の笑顔だったのだろう。
一昨年まではむしろチョコを貰えてラッキーな日だと思っていたが、今の俺にとっては迷惑なイベントになっていた。
「でけぇ欠伸だな」
放課後になり睡眠たっぷりで部室に入ると、宍戸が俺を見てそう声を掛けてきた。
既に宍戸はジャージに着替えている。
ふと<名前>のロッカーが半分ほど開いているのが目に入った。
しかしその姿は何処にも見当たらない。
「あれ、<名前>は?」
そのまま宍戸に尋ねると宍戸は少し眉を寄せた。
あぁ、と閃いたのはそれが二度目だからだ。
それに俺の視界にはテニス部のレギュラー宛てのチョコが沢山詰まったダンボールが映っていた。
「あー焼却炉か。もったいないよなぁホント」
寝癖の立った頭を掻きながら言うと宍戸は目を丸くする。
「いいのかよ」
何を、と聞き返した方が良いのだろうか。
余り話をする気にはなれなくて俺はわざと欠伸をした。
「まぁ<名前>が貰った分を貰えるし」
本音と思われようが茶化したと思われようが、誤魔化せたのならどっちでも良かった。
自分のロッカーの前に移動して着替え始める俺を見て宍戸が疲れたような息を吐いた。
「何つーか、お前らってお似合いだよ・・」
適当にお礼を言うと宍戸は苦笑して部室を出て行く。
何かと理由を付けて自分に届いたチョコを俺に渡す<名前>のその理由は全くの嘘である。
俺の前でいつも笑って明るく振舞っている<名前>のその心の中が、実際は罪の意識でいっぱいであることなど知っていた。
<名前>がもうずっとしている勘違いを、俺は決して訂正することはない。
「さぁ今日もテニスするか!」
部室を出ると突然そんな声が聞こえ、視線を遣ると未だ制服の<名前>が大きく伸びをしながらこちらに向かっていた。
毎日見ているその姿に、それでも俺の口元は自然と綻ぶ。
入学式の日に出逢ってから知れば知るほど<名前>に惹かれている。
手にしているはずなのにいつだって俺の手からすり抜けてしまいそうだ。
どうしようもないこの不安を消せる術を俺はまだ知らない。
傷付けてもいい、悲しませてもいい。
罪の意識に苛まれているのなら、償うように、どうか俺を愛し続けて。



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