黄色い硬球が白のラインに迫る。
それが外へ弾かれる直前で俺はネットの反対側のライン上へと打ち返した。
「ウォンバイ手塚6―0」
部員のコールが響いて相手と握手を交わした俺は深く息を吐き出しながら空を仰いだ。
暑い。
そういえばニュースで今年の夏は猛暑だと言っていた事を思い出して、眩し過ぎる太陽に視線を正面へ戻した。
夏休みに入り、もう三日が過ぎようとしている。
帰宅部だと言っていた<名字>に会う機会はなく、もう三日も会っていないのかと改めてそんな事を思った。
<名字>と知り合って四ヶ月近く経つが学校では屋上以外で話したことは無い。
それは<名字>がそうであるから俺も敢えて話し掛けようとは思わないだけだが、考えてみれば何故なのだろうか。
「集合!」
部長がこんな事を考えながら部活をしていては締まらないと
俺の号令で集合する部員を眺めながら俺は緩く頭を振り、雑念を振り払った。


* * *


今まで自分が恋をしたことがなかったからか、自分がこんなに恋愛に関して積極的であることを知らなかった。
部室で菊丸と大石が今週末の夏祭りの話をしていたのを聞いてまず頭に浮かんだのは<名字>の顔だった。
その日の夜に自室で<名字>に電話を掛けそれを伝えると、返って来たのは意外な反応である。
【え、夏祭り?二人で行くの?】
明らかに戸惑った様子に何か拙かっただろうかと小さな後悔を抱き始める。
【だってほら・・男二人で夏祭りってのもさ】
俺の沈黙をどう捉えたのか<名字>が慌てて弁明をした。
その言葉にピンと来たものがあった俺は大して考えもせずに思ったことをそのまま口に出す。
「教室で話し掛けて来ないのはそのためか?」
受話器越しに<名字>が小さく息を詰めたのが分かった。
やはりかと胸中でため息を吐く。
しかしまだ俺には腑に落ちないことがあった。
俺が以前目撃したように、<名字>はそう人目を気にする奴ではないと思っていたのだ。
しかしそれを問うことは出来ず黙ったまま<名字>の言葉を待つ。
【あ、べ、別に手塚と歩くのが嫌だとかじゃなくて、
変な噂とか立ったらさ・・迷惑かなって】
果たして本当にそうだろうか。
俺には<名字>の方がそういうことを酷く気にしている様に思える。
それでも迷惑ではないと告げようとすると、その前に<名字>がまた口を開いた。
【僕は昔から、その・・男が好きだって自覚してるけど、手塚はそうじゃないだろ?
だから・・その】
実に不明瞭な言葉ではあったが何となく言いたいことは理解できた。
「俺は気にしない。
 そのことで誰に何と言われようが俺は構わない」
言っていて自分が全くの子供であることを自覚した。
現実的に考えて、そのことを公言出来るほど俺達はまだ強くない。
しかし今はこれで良かった。
<名字>さえいればどんな辛いことでも乗り越えられると、馬鹿みたいなことを本気で思ったのだ。
「<名字>?」
それなりに思い切ったことを告げたつもりだったが受話器の向こうから返事はない。
こういう時に電話は不便だと途端に不安が胸に渦巻く。
その表情を見ることが出来たならまだ<名字>の気持ちが分かったかもしれないのに。
【あ・・ごめん、何だろ・・嬉しくて、何も言えなかった・・】
言うがその声に喜びなどという感情は微塵も含まれておらず、何と言って良いか悩んでいるうちに<名字>の声がする。
【だめだよ、そんな・・会いたくなっちゃうじゃん】
むしろ悲しげな声で告げる<名字>のどの台詞も本心なのかがわからない。
実行する訳でもないのにその言葉に俺の視線は無意識に机の上の置時計に向いた。
「俺だって会いたい」
自分はこんなことをするすると言える奴だっただろうかと動きの鈍い頭で考える。
もしかしたら俺は久しぶりに<名字>と会話をすることに緊張しているのかもしれない。
【ん、週末まで我慢する】
その声には何処か嬉しそうな響きがあって、漸く俺は電話越しの<名字>の顔を想像することができた。
ここで本当に夏祭りに来てくれるのかと尋ねるのは野暮なのだろう。
口を開いたら余計なことしか出てこないような気がして、俺はじゃあまた週末にと早々に電話を切った。
<名字>の言葉や声色や、その沈黙の間にも俺の頭は妙な推測ばかりする。
電話をする前はあんなにも浮かれていたのに今のこの気持ちは一体なんなのか。
自分の知るどの言葉にもあてはまらない気持ちを持て余しながらベッドに仰向けに倒れこむ。
とても今夜は眠れそうになかった。





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