【人が良いっていうか、損する性格だよアンタ】
携帯を返しに行った俺に<名字>は笑いながらそう言った。
<名字>を根が曲がった奴だと勘違いしていたこととか自分が卑怯であったこととか。
色々恥ずかしかった俺はそんな<名字>に何を言うことも出来ず、何だか良くわからないことを言いながら逃げるようにその場を後にした。
あれからというものどうも教室のほとんど毎授業空いている机が気になってしまう。
「おい」
そんなことを考えていた帰路で声を掛けられたのは、見るからに柄の悪い男二人組にだった。
制服を着ていることから中学生なのだろうが何処の中学かまでは分からない。
「<名字>ってヤツ知ってるか?」
金に髪を染めた男が問い掛けたその言葉に俺は少なからず驚きを抱く。
しかし<名字>にこういう知り合いがいるというのも何らおかしい話ではない。
だがこの男達が醸し出す雰囲気は、友人を探しているような穏やかなものでは無かった。
「いや。悪い、知らないな」
答えると男達は互いに目を見合す。
名を聞いた瞬間の驚きを悟られてしまったのだろうか。
「本当に知らねぇのかぁ?」
「お前今知ってますって顔してたぜ?」
詰め寄る男達にまずいと焦りを抱き始める。
何か良い方法は無いだろうかと思案している内に男の一人が俺の肩を掴んだ。
「なぁ、お前<名字>とどういう知り合いだよ」
ぐっと指先に力を込められ肩に痛みが走る。
「だから知らないって言って――」
「何してんの?」
不意に後ろから聞こえたその声に俺は言葉を詰まらせた。
まだ数度しか耳にしていないにもかかわらず、振り返らずとも誰であるか判ってしまう。
目の前の男達も少しばかり目を見張って俺の後方に視線を遣っていた。
「ねぇ。何してんのって聞いてんだけど」
ゆっくりと足音が近付いてくる。
俺の肩を掴んでいた男がぐいと俺を押し退けた。
「この間はうちの後輩が世話になったからよぉ。
ちゃんと礼しなきゃいけねぇだろ?」
男の言葉を聞いているのかいないのか男を目の前にして<名字>は俺に目を向けている。
あの人を喰ったような笑みはそこに無く、何処か不機嫌そうな顔をしていた。
「分かってる?俺はアンタに聞いてんの」
そこで漸く俺は自分に問い掛けられていることに気付き、はっと口を開く。
「え、あ、俺は・・声を掛けられたから」
「何て?」
「え?<名字>を知ってるかって・・」
<名字>の前の男の表情が徐々に険しくなっていく。
男を挟んでの会話に自分が無視されていると解ったのだろう。
「・・へぇ」
何故<名字>はここで不機嫌になるのだろうか。
何か悪いことをしたかと自分の行動を省みるが心当たりは無い。
「てめぇ聞こえてんのかよ!?」
痺れを切らした男がそう声を上げてアクションを起こした。
握られた拳が<名字>の頬に近付く。
ふっと<名字>が後ろに下がったと思った瞬間に、男はガードレールに叩き付けられていた。
<名字>の右手が胸の前で握られていることから恐らく<名字>が男を殴ったのだろう。
「で?後輩が何だって?」
地面に倒れたまま咳き込む男を<名字>が見下ろす。
自分が睨まれている訳でもないのに、ひやりと背筋が冷たくなっていくのを感じた。
何処までも冷え切った鋭い眸に声を出すことも出来ない。
資料室で見る<名字>と同じ人物であるとはとても思えなかった。
「・・おい、こいつやべーぜ」
唖然としてその様子を見ていたもう一人の男が殴られた男に呟く。
捨て台詞を吐くこともなく、男達は足早にいなくなった。
「ごめんね大石君、帰っていーよ」
ひらひらと手を振って<名字>は俺の目も見ずに背を向ける。
遠ざかる<名字>の後姿を見つめたまま俺は暫く動くことが出来ずにいた。
今の<名字>に先日俺が起こしたようなことが、俺は出来ただろうか。
既に答えの出ている問いに俺は唾を飲む。
俺の知っている数少ない<名字>の会話や表情が頭の中に浮かんでは消える。
一体<名字>はどういう人間なのか。
知り合うそれ以前よりも、俺はわからなくなっていた。



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