そのままにする事は幾らでも出来たのだろう。
翌日の昼に<名前>に切り出したその行動は衝動によるものだったと言っても過言ではない。
答えも出さないままに。
「俺がお前を好きだと言ったら、お前はどうするんだ?」
パンを食べていた手をぴたりと止めて<名前>は突拍子もなくそう告げた俺に視線を遣る。
素直に驚いた顔をした直後、何故だか<名前>は笑ってみせた。
「質問を質問で返すなよな」
その笑みが昨日とは全く違う無邪気なものであったから、俺は昨日のことが冗談だったのではないかとさえ思った。
しかし<名前>は笑みをふっと薄くして、そうだねと呟くように答える。
「やっぱわかんないや。
昨日手塚が言った通り、そういう状況になってみなきゃわからないもんだね」
ぞくりと胸の内に湧いたのは何だったのだろう。
例えば俺が今まで人を真剣に好きなったことがあったなら、それに名を付けるのはとても容易いことだったに違いない。
或いは<名前>はそれを知っているのだろうか。
だったら、と続けたそれはまるでデジャヴだ。
「俺はお前が好きだ」
小さく口を開けて目を見開いた<名前>のその顔を――涙の気配などまるでなかったのに――泣きそうだと妙な事を思った。
知りたかったのは<名前>の気持ちではなかったのだろう。
このどろどろに融けた鉛のような息苦しい感情の名を、ただ俺は知りたかったのだ。


あの後、暫く驚いたままだった<名前>が消えそうな声で自分も好きだと半ば分かり切ったことを告げた時、胸を締め付けたのはきっと罪悪感であった。
結局答えは出なかったあの感情を引き摺ったままやはり俺と<名前>の間には変わらず時が流れ、そろそろ夏休みになろうとしていた。
「夏休みはさ、部活ばっかりなの?」
屋上であるといっても日陰は涼しく、七月も末だというのにそう不快さを抱くことも無く昼食を取っていた手を止める。
最近気付いたことだが話の転換の際、<名前>が語尾にさ≠つけて一拍置く時は<名前>にとって話し難い内容のようであるらしい。
夏休みは部活三昧かと何てことの無いその問いが<名前>にとって話し難いものであるのなら、きっと何か他に伝えたいことがあるのだろう。
顔を上げると<名前>は自然な動作で俺から目を逸らす。
「大体はそうだが、盆休みもあるしな。
そればかりという訳ではない」
そっかと答えそれきり<名前>は何も言って来ない。
どうしたいのだろうかと<名前>を見つめたままでいると、俺の視線に気付いた<名前>は小さく頬を染めた。
「あ、空いてる時があったらさ、いつでもいいから誘ってよ」
<名前>が頬を染めるのも口篭るのも、ましてや好きだと伝えてからこのような事を言ってくるのは初めてだったので俺は暫く何を言っていいのか分からぬままだったが、口を付いた言葉は俺にしては珍しく気の利いたものであったのかもしれない。
「――まだ夏休みではないが、今週の日曜の午後は部活が無い」
朱に染めた頬の上で大きな黒い眸が更に大きく見開かれる。
最近この、驚いたような<名前>の顔を良く見る。
以前は<名前>の方から色々と切り出して来たにもかかわらず、俺がそうするといつも<名前>は大袈裟なほどに驚いた。
そういえば<名前>のあの無邪気な笑みをもうずっと見ていない気がする。
最後に見たのはいつだったか、そんな事を考えながら何処へ行こうかと問うた俺に<名前>が更に頬を赤くするのを、ただ俺は見つめていた。




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