僕の恋人は浮気者だ。 いつも僕のことを好きだ可愛いと言っておきながら他に女が何人もいる。 今日だって放課後に見掛けたのは他校の知らない女と公園でイチャついている光景だった。 「ねぇ不二くーん。何でそんなに不機嫌なのさぁ?」 そのくせ僕の家にのこのこやって来た恋人はそっぽを向く僕の顔を覗き込んでそんなことを聞いて来た。 「さぁ。何でだろうね」 冷たいだの何だの言ってる恋人には耳を貸さず、携帯でも弄ろうかと机の上に手を伸ばす。 しかしその手は携帯に届く前に恋人――<名字>によって遮られてしまった。 指を絡める所謂恋人つなぎで手を握られ、ぐいと顔を近付けられる。 「折角彼氏が会いに来てるのに、その態度はないんじゃない?」 「待っ――」 近付いて来た唇に制止を掛けようとするがそれも<名字>の口内に飲み込まれてしまった。 不躾な舌が躊躇いもなく僕の中に侵入してくる。 舌で押し返そうとしたが絡め取られてしまい逆効果となる。 仕方ないので口を閉じて<名字>の舌に歯を立てた。 「痛っ!」 血も出てないくせに大袈裟な反応をする<名字>の体を、腕を突っ撥ねて押し返す。 口元を手の甲で拭うと流石に<名字>はむっとした表情をした。 「キスも拒否?冷てーの」 「当たり前だろ?誰とキスして来たかも知らないのに」 言葉を返すと<名字>は目を丸くした後、考えるように視線を上に向ける。 すると思い当たる節があったのか口をあ≠フ形に開いた。 「不二くん覗き見したの?やらしー」 言い訳もないそれにため息を吐いて<名字>から視線を外す。 「ただの遊びだって。名前しか知らないし、多分もう会わないと思うし」 何度も聞いたそれも嘘ではないのだろう。 確かに見掛けるのはいつも違う女だ。 だからといってそれが浮気であることには変わりない。 「怒んないでよ。ごめんて、ね、本当ごめん」 告げる<名字>に目を向けると、眉を下げてあたかも反省しているかのような表情を見せる。 今まで何度この顔に絆されて来ただろうか。 「知らないよ」 冷たく言い放つと<名字>は困ったような顔をして視線を俯かせる。 しかしそれも効かないと分かったのか、ばっと顔を上げた<名字>は僕の肩をぐいと押し倒した。 「ちょっと・・!」 腹の上に跨がれては動くことが出来ない。 抗議の声を上げようと<名字>を見上げると両頬に手を添えられた。 「ごめん不二、ごめん、別れるなんて言わないでよ。 不二に振られたら僕生きていけない」 軽々しくそんな事を言って<名字>は僕の頬や額にキスを落とす。 ――べつに別れるなんて言ってない。 思ったことは口に出さずに、しょうがないからされるがままになっておく。 「ね、キスしていい?」 「してるじゃない」 上目遣いのおねだりに素っ気なく返しても<名字>は指先を僕の唇に触れさせる。 「ここにしても、怒らない?」 <名字>の指先がゆっくりと僕の唇をなぞる。 怒らないと言うのはちょっと癪で、呆れたように<名字>を見上げた。 「勝手にしなよ」 ふっと<名字>が口元を緩ませるのが見える。 これが勝ち誇ったような笑みであったならまだ怒ることも出来るのに、 浮かべたのは心底嬉しそうなホッとした笑みである。 演技であるかもしれないのに僕は結局またこの笑顔に絆されてしまった。 唇に<名字>の唇が触れる。 先ほどの性急なキスとは違い、味わうようなそれに頭の後ろが痺れた。 「好きだよ。好き、大好き・・」 そんな事を囁きながらキスするもんだから意に反して体の熱は上がっていく。 うっとりしたような顔をして僕にキスをしながら、 <名字>はまた好きだと僕の名を呼ぶ。 ・・・あぁ全く、悪魔みたいな奴だ。 この優越感からは逃れられないと知っていて。 |