それからというもの<名字>は毎日のように屋上にやってきた。
俺の隣に座り他愛ない話をして、食べ終わるとさっさといなくなる。
しかし一つ前の席であるにもかかわらず教室で<名字>が話しかけてくることは決してなかった。
珍しく今週はまだ一度も学校をサボっていない<名字>の後ろ姿を眺める。
真面目に受けているという訳ではなさそうだ、<名字>の頭は先ほどからゆらゆらと前後に揺れていた。
「<名字>!」
不意に教師の声が響いてドクリと心臓が跳ね上がった。
名を呼ばれたのは俺ではないが授業を聞いていなかったのは同じだ。
慌てて視線を教卓に遣ると教師は呆れたような顔をしながら<名字>に歩み寄った。
「あ、すみません寝てました」
そう悪びれた様子もなく、目を覚ました<名字>は教師を見上げる。
厳しいというほどでもないこの数学の教師は怒鳴るよりも嫌味を言うタイプだった。
「まったく珍しく授業に出てるかと思えば・・この間のテストの点といい、やる気はあるのか?」
すみません、ともう一度謝る<名字>は内心どうでもいいと思っているに違いない。
教師の目からは見えない、椅子の下の<名字>の足は所在なさげに揺れていた。
「じゃあ24頁の問題を解いてみろ」
ため息をひとつ吐いた教師は教卓に戻りながらそんなことを言う。
ついさっきまで寝ていた奴にわかるはずもないだろう、<名字>が予習をしてるとも思えない。
「あー・・」
教科書を眺めながら頭を掻く<名字>は解答よりもどう逃げるべきか考えているのかもしれない。
口を開いたのは気まぐれだった。
「・・・X=32」
ぴたりと<名字>の足の動きが止まる。
後姿ではその表情などわからないが呟いたそれが聞こえただろうことはわかった。
「どうした<名字>。わからないのか?」
教師はわからなくて当然だろうという顔をしている。
なかなか返事をしない<名字>に焦れたのは俺も同じだった。
「X=32です」
漸く答えた<名字>に教師は目を丸くする。
半開きになったその口からはなかなか言葉が出てこない。
「っ・・こんな簡単な問題に時間をかけ過ぎだ。授業はちゃんと聞け」
すぐに視線を逸らした教師は内心慌てていたことだろう。
そう来たか、と威厳を守ることに関しては熱心な教師を盗み見る。
もう黒板に向き合っている教師は手元の教科書に視線を落としながら淡々と授業を進めようと振舞っていた。
正面を向く<名字>は俺を振り返らない。
礼の言葉が欲しかったわけではない。
ただ何故だか、教室で俺を避けたがる<名字>が気に入らなかった。



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