静かな一人部屋の病室にシャリシャリと林檎を剥く音だけが響く。
果物ナイフを使って器用に皮を剥いているのは、その様子が不似合いな金髪の青年だった。
「ウサギの形にする?」
薄く笑みを浮かべて尋ねる青年に僕はあぁと頷いた。
他校の制服を着崩した彼は世間一般的に言えば不良と呼ばれるような類だ。
しかし目の前の彼にそんな要素は外見でしか存在せず、
浮かべる笑みも林檎を剥く手付きも柔らかな雰囲気を纏っていた。
「はい、あーん」
自分より身長も高く、僅かでありながらも体の大きい男にそうされるのは何とも変な気分で
自分で食べられるよと苦笑して林檎の入った小皿を、礼を言って受け取った。
数日前に彼の弟がこの病院で死んだ。
元々体が弱かったのだという、十五まで生きられないと告げられた彼の弟は
結局十二歳でこの世を去ってしまった。
僕はその弟との面識は無いが
彼はその日の夜、面会時間ギリギリまで僕の病室でひっそりと泣いた。
ここしか泣ける場所が無かったのだとその後に笑って謝った彼は
その事について既に悲しみも諦めも抱いていないようだった。
「そういえば昨日、商店街で――」
彼が話す他愛ないことが僕は昔から好きだ。
昔といっても知り合ったのはつい二週間前の話であるから
その言い方は少し変であるかもしれない。
いつも僕を見舞いに来てくれる部活の仲間は
普段通りに振舞っているようで何処か余所余所しいことを僕は気付いていた。
しかし彼にその様子は見られない。
僕を不憫だと思っていないのか、完璧なまでにそれを隠しているのかは分からないが
理由など別にどうでもいいことである。
「今度幸村もその店に連れて行ってあげるよ」
彼は僕が外に出れるようになったらの話を良くする。
僕は彼の弟ほどに難病であるわけではないから(それでも僕だっていつ死んでしまうか分からない)その可能性は高いのだろうが、絶望的な状況の弟をそうやって励まして来たのかと思うと
僕はいつも胸が痛んだ。
「あぁ、楽しみにしてる」
まるで僕では無く彼が見舞われてるみたいだ。
あの夜以外に僕は彼の泣き顔を知らない。
ただいつも笑顔を絶やさない彼のその表情をあの夜の泣き顔にそっくりだと
そんな可笑しなことを、そっと思った。



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