「苛々してるね?」 放課後の部室でジャージから制服に着替える弦一郎にそう声を掛ける。 俺の言葉に弦一郎は眉を寄せて視線を寄越した。 「俺がか?」 「他に誰がいるの」 余りにも不思議そうに弦一郎が聞き返すものだから俺の方が視線を逸らしてしまった。 「そんな事はないつもりだが・・」 「何かあったの?」 敢えてロッカーを見つめたままで一つの予想をぶつけてみる。 「<名前>と」 反応は全くなかった。 或いは弦一郎の顔が見えていれば、そうではなかったのかもしれない。 返事を待ちながらYシャツのボタンを三つ閉めたところで言葉が返って来た。 「いや・・何もない」 相変わらず嘘が下手な男だ。 小さく声を立てて笑っても弦一郎は俺にその意味を聞いてくることはなかった。 「隠し事はなしだろ?」 全てのボタンを閉め終わりブレザーを羽織る。 「<名字>が何かあったと思うなら、いずれ<名字>から聞くことだ」 バッグを肩に掛けてロッカーの扉を閉める。 見上げた弦一郎の顔はいつもの鉄仮面のようで、その実激情に満ちていることを俺は知っていた。 「嫉妬?」 弦一郎の目が微かに見開かれる。 ふっと口元に笑みを浮かべて俺はその横を通り過ぎた。 いつからか――それは俺と<名前>が中学で同じクラスになってから一層 ――俺たちは三人でいることが少なくなった。 その理由は<名前>が弦一郎といる自分を普段の自分を知る俺に見られたくないからだろうが 当時の俺にとっては実はとても淋しいことであったのだった。 逆恨み、我儘。 その思いが自嘲に変わった今でさえ、俺は二人を手放せずにいる。 「あ。一緒にかーえろ」 部室を出ると俺を待っていた<名前>がそう声を掛けて明るい笑顔を浮かべる。 あぁやっぱり何かあったんじゃないか。 <名前>のその笑みを目にして先ほどの予想が確信に変わった。 「うん、帰ろうか」 俺はこんなにも二人のことが解るのに、二人はいつも互いのことで一杯一杯だ。 「ねぇ<名前>」 歩み寄ってくる<名前>は俺の言葉に顔を上げる。 鞄を掴んでいない方の手に<名前>が自分の手を絡ませて来た。 この光景を見れば弦一郎は今以上に俺に確執を抱くことだろう。 ため息を隠して<名前>に微笑みを向ける。 「弦一郎と何かあった?」 振っていた腕をぴたりと止めて<名前>は驚いたように俺を見つめる。 その表情を眺めながら、俺はまた小さく笑ってみせた。 |