-side主- 掴まれた手がじんじんと痛む。 冷めた眼差しで近付いて来た真田に僕は何をすることも出来なかった。 唇が触れたというただそれだけの話であるのに指先が震えている。 堪らずにその場にしゃがみ込んだ。 赤い絨毯がぐんと近くなる。 【真田がそんなすぐ手ぇ出して来る訳ないって。】 数日前の自分の言葉が頭に浮かぶ。 「・・ちくしょう」 一度止まりかけた心臓はまるでその反動であるかのように やかましくこの胸を打っていた。 -side真田- 昨日と全く同じ場所に借りた本を戻した。 家に帰って十数頁読んだところで興味が持てず止めてしまったのだ。 もっときちんと選んでいればとは思うがあんな状況だったのだから仕方ない。 それが嫉妬というものであることを、俺は理解していた。 「あ、真田じゃん」 声を掛けられ本に伸びていた指先がぴたりと止まる。 驚いたのは突然であったからではない。 その声が良く知ったものであったからだ。 「珍しいな、お前も図書館に来るのか」 顔を向けた先にいた<名字>にそう言葉を返す。 僕だって図書館くらい――と頬を少しばかり膨らませて反論する<名字>に小さく微笑った。 「?どうした」 すると<名字>が意外そうに目を丸くする。 尋ねると何でもないと首を振って、<名字>は薄く頬を染めた。 そこは素直に俺の笑みが珍しいと言えば良いものを。 わざとなのかそうでないのか昔から<名字>の俺に対する態度は分かり易い。 だから恋愛に関してめっきり疎い俺が、<名字>の気持ちに気付くことが出来たのだ。 「何借りるの?」 俺の傍に来た<名字>が歴史書の並ぶ棚を見て顔を顰める。 「お前も読んでみるか?」 揶揄って問うと結構だと苦笑いを返された。 すると何か目に付いたものがあったのか<名字>は上段へぐいと手を伸ばす。 しかし<名字>の身長では届かぬようで、指先が本の下を行ったり来たりしている。 「これか?」 恐らく<名字>が取ろうとしていた本に指を掛ける。 <名字>は弾かれたように顔を上げた。 些か驚いたように目を丸くしている。 その頬が見る見る赤く上気していった。 「あ、うん、ありがとう・・!」 答えて<名字>はぱっと視線を本棚へ戻す。 本を手渡した後も<名字>はなかなか俺と目を合わせようとしなかった。 自尊心を刺激しただろうか? しかし<名字>の様子は羞恥とは少し違うような気がした。 むしろ先ほど頬を染めた時のものと似ている。 ・・あぁ、いじらしい。 手を伸ばして<名字>の本を握る手首を掴んだ。 ぐいと引き寄せて逆の手を<名字>の後頭部に添える。 見開かれた眸が状況を理解する前に唇を重ねた。 目を閉じることもない性急なキスは、それでも俺にとって初めてのことであった。 「これ借りても良いか?」 唇が離れた後も<名字>は呆然として俺を見つめていた。 <名字>が手にしていた本を示すとはっと我に帰ったように目を瞬く。 「う、うん・・っ」 本を受け取ると俺は<名字>を見ることなくカウンターへと向かった。 馬鹿みたいに驚いていた<名字>の様子が頭に浮かぶ。 望むことをしたのに、何故だろうか俺の気持ちは晴れなかった。 |