ここ最近<first>の様子がおかしかった。
船尾でぼんやりと海を眺めては小さくため息を吐き、時々参ったように髪を掻き上げる。
もちろんその様子に気付いていた船員は俺だけで無かったが
誰かが尋ねてみてもそれは変わらないようだった。
だから昨晩を引き続き行われているこの宴のような飲み会も、
実は<first>が元気になれば良いと設けたものであった。
まぁ島に着く度に酒は飲んでいるから特別なことをした訳ではないのだが。
しかし一騒ぎして落ち着いた頃、
不意に近付いて来た<first>から発せられた言葉は期待とまるで違うものだった。
「船を降りるよ」
こんなにもはっきりと聞こえたそれを俺は一瞬聞き間違いなのかと疑った。
俺に話し掛けているのかも良く分からず、
しかしそうでなかったとしても決して聞き逃せない言葉だった。
「何だって?」
振り返った先の<first>はただ俺の目を見つめている。
冗談でも言えることではないが、その眸に嘘はない。
「船を降りるって言ったんだ。
 アンタには感謝してる、今の僕がいるのはアンタのおかげだ」
薄く微笑む<first>は少しばかり寂しそうな顔をしていて、
それが一層<first>の言葉の現実味を増した。
酒瓶を握っていた手から握力が無くなっていくのが分かる。
落とす前にテーブルの上に置いた自分が意外にも冷静であるのに自分自身違和感を覚える。
「何があった」
「何もないよ。アンタらに着いていくのに限界を感じた、それだけだ」
迷いなく答えられたそれをもしかしたら<first>は用意していたのかもしれない。
何度も俺に告げる事を考えては言葉を選んでいたのだろうか。
「俺たちと気が合わねぇってことか?」
問う自分のそれが可笑しな言葉だとは解っていた。
十一の時から十三年もこの船で育って来た<first>に遅過ぎる反抗期が来たとしても、
今更気が合わないなんてことある筈もない。
「そんなんじゃない」
ふいと目を逸らした<first>に苛立ちが湧いた。
「じゃあ、何だって言うんだ」
俺が声を低くしても<first>の表情は変わることがなかった。
笑みを浮かべたまま眸を伏せる。
嘘だろう?
そんな顔するくらいなら、何故船を降りる必要がある?
「何もないんだ」
そして告げる<first>の顔を眺めているうちにそれが偽りの笑みのように見えて仕方がなくなる。
それはただ俺がそう思い込みたかっただけなのかもしれないが。
「・・場所を変えよう」
ぐいと<first>の腕を掴んだ手には思いのほか力が入っていた。
「そんな必要ないよ」
振り払うことはせずに小さく答える<first>のそれは聞き入れず、
ゆっくりと、しかし強く<first>の手を引く。
仕方がないかのようにため息を吐いて<first>はわかったと呟く。
島の反対側へと足を踏み出した俺に<first>が着いて来ることは解っていたけれど
俺はその手を離すことが出来なかった。
指先が白くなっているそれは自分でもよく分からないが相当強く掴んでいるのだろう。
しかし<first>は痛そうな顔をすることなく、そしてまたそれに文句を言うこともなかった。
ただ俺に連れられるままに。
まるでもう自分の意思は変わらないとでも、言うように。

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