賭博で負けて払う金もなく、このシャボンディ諸島を逃げ回っていた。 老体に全力疾走はキツいが捕まったら売り飛ばされるので速度を緩めるわけにもいかない。 振り返りながら走っていると店の連中の姿は見えず、やっと撒いたかと足を止めようとした時だった。 ドンッ 勢い良く目の前にいた誰かとぶつかってしまった。 「すまないっ・・余所見をしていた」 慌てて視線を前に移すと二十代半ば程の少女が地面に尻餅を付いていた。 「大丈夫かい?お嬢さん」 手を差し伸べると彼女は躊躇いがちに私の手を取った。 軽く引っ張っただけなのに力が充分過ぎたのか、彼女は私の方に倒れかける。 随分軽い少女だと目を見張った。 病的には見えないが肌は白く、体は細い。 もっと食べた方がきっと更に魅力的になるのに・・などエロ親父の思考を振り払い、再びすまないと彼女に謝った。 「怪我はないか?」 人形のように整った顔をしている彼女は小さく微笑んだ。 「えぇ。大丈夫です」 不覚にも一瞬意識を奪われる。 こんな歳になってまだこんな初々しい感情が残っていたのかと自分自身に苦笑した。 「おい、いたぞ!」 後ろから店の連中の声が聞こえ、びくっと肩を竦ませた。 さてもう一っ走りしなくてはと彼女に別れを告げようとすると、彼女は私の手を握り路地裏へと引っ張った。 「待てっ!」 連中の声が近くなったような気がする。 しかし彼女は迷うことなくするすると器用に路地裏を駆け抜ける。 私を連れて。 普通は逆じゃないだろうかなど何処か冷静に考えている内に、見知らぬ家の前に辿り着いた。 「すみません、追われてたみたいだったので」 少しばかり眉根を寄せすまなそうに彼女が告げる。 あんなに走ったというのに彼女は息ひとつ乱れていなかった。 「いや、助かったよ。ありがとう」 礼を言うと彼女はまた小さく微笑う。 綺麗な笑顔だと心惹かれたが、流石に自分を助けてくれたお嬢さんに手を出すことはしない。 これ以上巻き込む前に立ち去ろうとしたが彼女がその前に口を開いた。 「どうせなら寄っていきませんか?コーヒーくらいなら、出せます」 些か迷ったが折角のレディの誘いを断るわけにもいかない。 では一杯だけと告げた時に彼女はドアを開けるため背を向けてしまった。 またあの笑顔が見れたかもしれないのにと惜しい気持ちになったことが堪らなく可笑しくて、忍び笑いをするとどうしたのかと聞かれてしまった。 「お嬢さんみたいな綺麗な子の家に上がれるのは嬉しくてね」 もちろん彼女も別のことで私が笑っていたのだと知ってただろう。 しかし薄っすらと頬を赤く染めた彼女に、あぁ正直に答えれば良かったと微かに思った。 君に恋をしたかもしれないなどと告げたら。 果たして君はどれくらい、その白い頬を赤く彩ってくれただろうか。 #ac16_today##ac16_total# |