軽く部屋のドアを外側からノックする音が聞こえた。
今日この音を聞くのは確か三回目だ。
「お頭、いい加減起きてくれ。もう昼過ぎだぞ?」
そして続くのはベンの何とも色気のないそんな声で、むしろ呆れたような口調に俺の瞼は開く気配を見せない。
「お―・・」
倒れ込むようにうつ伏せに寝ていた体を、寝返りを打ってドアに背を向けさせる。
俺の気のない返事から起きる様子がないことを悟ってか、ドアの向こうから遠慮のないため息が聞こえた。
まだ覚醒していない頭に遠ざかっていく足音が響く。
決して朝は強い方ではないが、今日俺の目覚めがこんなにも悪いのは昨夜の飲み過ぎが原因だ。
ルフィの賞金が3億ベリーからまた幾らか上がったことに喜んで馬鹿みたいにガバガバ飲んだのは憶えているが、それ以上の記憶はない。
ガンガン痛む頭は二日酔いの所為であるのだろう。
そして石のように重い体を起こす体力も気力も俺には残っていなかった。
コンコンッ
再び室内に響いた音で意識が少しばかり取り戻されたということは、また俺は寝てしまっていたのだろうか。
もうさっきベンが起こしに来てからどのくらい経ったのかも分からない。
こりゃ本気で怒られるかなんてことを半分寝ている頭で呑気に考えていると、聞こえたのは予想外の声だった。
「シャンクス、大丈夫?」
この船で俺をシャンクスと呼ぶのは一人しかいない。
ぐんっと引っ張られるように意識は覚醒した。
低いベンの声とはまるで違う。
甘ささえ覚えて俺は心地良い目覚めに口を開こうとした。
「シャンクス?」
あぁだがしかしこの声をもう少し聞いているのも悪くないかもしれない。
もしかしたら<first>が俺を起こしに部屋に入ってくるのではと、まだ目も開かない内からそんなことすら考えていた。
案の定、入るよという声と共に部屋のドアが開く音がする。
近付いてくる足音に俺はもう目を開くことを止めた。
「だから飲み過ぎだって言ったのに」
これで<first>がおはようのキスでもしてくれたならすぐに起き上がるのに、きっとそれは想像の中のことでしかない。
俺の体を揺すりながら名を呼ぶ<first>に意地を張って寝たフリを続けていると不意に<first>の言動が止む。
ついに呆れられただろうかと様子を窺おうとすると前髪に何かが触れた。
さらりと掻き分けるそれは<first>の指だ。
「本当は起きてるんだろ?」
やけに小さい声が聞こえて、その言葉に俺はもう目を開いてしまおうかと小さな葛藤をする。
しかし<first>が見透かした通りになるのは何処か癪で、なかなか実行せずにいるとさっきよりも小さな呟きが響いた。
「・・・アンタが甲板にいないと、淋しいよ」
ドクリと心臓が音を立てる。
驚きに漸く目を開くと、見えたのは逃げるように部屋を出て行く<first>の後姿だ。
頭の痛さも体のだるさも吹っ飛んで一人にされた部屋で上半身を起き上がらせた。
あの態度は俺が本気で寝てると思ってたんだろう。
でなけりゃあいつが面と向かって睦言など言うわけがない。
仕方ないとばかりに立ち上がって顔を洗うべく自室の洗面所に向かう。
――あんなこと言われちゃ、起きない訳にはいかねぇだろ?
鏡に映った緩みきった頬を見て、俺は慌ててそれを引き締めた。


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