<first>の部屋の扉をノックするが返事が無い。
気配はあるから中にはいるのだろうが、今は誰とも会いたくないということだろうか。
もしくは、俺に。
「<first>?入っても良いか?」
比較的穏やかに告げたつもりだったがそれでも<first>は黙ったままだった。
仕方ないとそっとため息を吐いて鍵の付いていないドアノブを捻る。
すると<first>はベッドにうつ伏せになっていて、俺が入って来たことが分かると枕に埋めていた顔を俺に向けた。
「良いなんて言ってない」
二十歳をそれなりに過ぎた男がするには似合わない口調だったが、<first>がするとまるで幼い子供のようで可愛らしい。
ただ<first>は子供扱いされることを酷く嫌がるから決して口には出来ないが。
笑って<first>の追及を流して後ろ手に扉を閉める。
「ベンと喧嘩でもしたのか?」
問うたがそうではない事は分かっていた。
ベンは誰かと喧嘩するようなタイプではないし、<first>相手に本気で喧嘩する奴など俺の知る限りではこの船にはいない。
「そうじゃないよ」
歩み寄ると<first>は体を起き上がらせてそのままベッドの上に座った。
「僕にはアンタを自分のものに出来ないって・・そう思っただけ」
わかってたけど、と続ける<first>の隣に腰を下ろす。
「俺はお前のもんだ。愛してるって言っただろ? お前以外には言わない」
しかし俺の言葉に<first>は眉を寄せた。
「・・違うよ。アンタにはとっくに大事なものがあるだろ?」
眸を伏せながら<first>が言葉を紡ぎ出す。
その先は何となくにしろ予想は出来た。
「アンタが死にそうになった時・・それがその、アンタの言う誇りの為にとかいう時さ」
こいつは元は海賊じゃない、それは良く解っているつもりだ。
だから俺らの生き方を押し付けるようなことはしてこなかったし、いつ<first>が俺らの仲間になったのかもはっきりとしない。
もしかしたらこいつは俺らの仲間にはならないかもしれないと、そう思ったことさえある。
「僕はアンタが今まで歩んで来た道を邪魔しない自信がない」
回りくどい言い方をする<first>に沈黙で返す。
<first>は目を上げて俺がただ<first>を見つめているのが分かると、再び眉を寄せて呟いた。
「・・・アンタに死んで欲しくないんだよ・・できるなら、アンタをここから攫いたい」
真剣な顔で告げた<first>の言葉がつい可笑しくて笑ってしまいそうだったなんて言ったらきっと<first>は怒ることだろう。
しかし世間では四皇と呼ばれている赤髪海賊団の船長に、そして37にもなる男相手に攫いたいなんて、思うのは<first>くらいしかいないに違いない。
「俺ぁ死なねぇよ」
ふっと笑みを零す。
それでも<first>は不安な表情を消さない。
その口を開いたそれが否定であることを悟った俺は、声が発せられる前に遮った。
「俺を誰だと思ってやがる」
口元に笑みを浮かべたまま言い切る俺に<first>は目を見開く。
開いた口を一度閉じ、<first>は傷付いたように顔を歪めた。
俺以外に見せないその表情は実は俺の気に入りのものであるのだと、口にしたらまた<first>に責められるだろうから、口を閉ざしたままに眺める。
「やっぱズルいよアンタ・・」
それでも<first>は薄く笑みを浮かべる。
「そうやってアンタは僕を、ここに繋ぎ止めておくんだろ?」
それは果たして肯定と受け取って良いのだろうか。
それともその言葉の後に、でも、というものが続いたりするのか。
だったら。
ゆっくりと<first>の頬に手を伸ばす。
指先が触れると<first>は僅かにたじろいだ。
俺の意図が分かったのだろう。
しかし<first>は逃げない。
「・・シャンクス」
まるでこの間と同じだ。
今にも泣きそうな顔をして、せめてもの抵抗とばかりに俺の名を呼ぶ。
だとしたら<first>は泣くのだろうか。
俺がその唇に触れたのなら。
「嫌なら逃げればいい」
頬から手を離し、その腰に腕を回す。
ぐいと引き寄せたすぐ目の前の<first>の眸は驚いたように俺を見つめている。
―――それが出来ねぇなら、俺のもんになれ。
不意打ちで唇を奪う。
迷うことなくその隙間に舌を捻じ込んだ。
竦む唇に自分のそれを絡める。
「っん・・!」
慌てた<first>の指先が俺の胸を押し返そうとする。
馬鹿みたいにやかましく俺の胸を打つ鼓動を気付かれたかは解らない。
ただその掌に、それ以上力が入ることはなかった。
腰を抱く腕にぐっと力を込める。
もし俺に左腕があったなら力の限りこの体を抱き締めることが出来ただろうに。
それでも唇を離した後、息を乱した<first>は苦しげに痛いと呟いた。
その頬を燃えるように赤く、赤く染めて。



【愛と引き換えに】完


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