真っ暗で静かな世界に強引に飛び込んできたその赤は急速に世界を一色に染め上げた。
翻弄されるままに気付けば心地良い支配を甘受していた。
赤の世界から見えるものはやはり全てがその色で、それを愛するのは必然とも思えた。
だから僕は愛してしまったのだ。
あの輝かしいほどに美しく逞しく、
何処までも自由なそれを崇拝すら抱いて愛してしまったのだ。
追い続けていた夢さえ、見失ってしまうほどに。


うちの船長はズルいと思わないか。
そんな事を副船長に漏らしたら彼は目を丸くして銃の手入れをしていた手を止めた。
「どうした、いきなり」
シャンクスの悪口をここ最近は口にしないからだろうか、
副船長――ベンの反応に意外さを覚えながら続ける。
「あの人は全部解っててやってんだ。
 ズルいとしか言いようがないよ」
拗ねたように告げる僕にベンは小さく笑う。
「いつもの事だろ?」
詳しく聞きもしないで関わるのは面倒だとばかりにベンは飄々と告げる。
そして止めていた手を動かして片手間に僕の話を聞き出した。
「そりゃそうだけどさ。
 あー・・何かもう嫌になってくるね」
ため息を吐いて船の縁に寄り掛かる。
たまたま今は人がいないが、
こんな船尾なんかで船長の悪口などしたら誰かに聞かれるかもしれない。
しかしベンは表情を変えることなく視線を愛銃に移したままだ。
「お頭の耳に入ったら一大事だ」
そんな軽口を叩くベンはもしかしたらまだ僕を子供扱いしているのかもしれないと、
洒落にならないことを思う。
とっくに僕は一人で生きていけるし、この船を降りる決断だって出来る。
実際つい最近その決断をしたが、それも船長によって打ち砕かれてしまった。
「ベン、僕のこと解ってる?」
つい口をついたそれを撤回しようかと迷う前にベンは顔を上げた。
「お前が思ってるよりは解ってるつもりだがな」
口元に笑みを浮かべつつも事の外真剣な目をして言うものだから、
下らないことを聞いたと僕が視線を逸らす羽目になってしまった。
「そういえばお前ここの所落ち込んでたみてぇだけど、
 何かあったのか?」
唐突なその問いに僕は目を見張った。
自分のあからさまな態度が気付かれてなかったとは思っていないが、
終わった今になって聞いてくるとは思ってもみなかったのだ。
まぁそれで今こんなになっている訳だから、
終わっていないと言えば終わっていないのだが。
「シャンクスとちょっとね。
 結局僕が折れたんだよ、そんなつもり無かったのに」
不機嫌に告げた僕の言葉にベンはそりゃあ良かったと何とも薄情な台詞を吐く。
「何だよそれ」
怪訝な視線を送るとベンは手入れを終えたのかガチャリと一度銃を鳴らして、
僕を見つめてから不敵に微笑った。
「お前がいなくなったら、俺だって良い気分はしねぇからな」
目を丸くして口をぽかんと開けた。
我ながら阿呆みたいな表情をしていたことだろう。
またしてもベンが笑ったのも無理はない。
「言ったろ?
お前が思ってるよりは、解ってるつもりだってよ」
そして僕の返事も聞かぬままに立ち上がり、
長身の銃をぽんと肩に掛けて僕の視界から消えていく。
「嘘だろ・・」
片手を額に当てて空を仰いだ。
僕は大人になった。
この船に乗って十三年経ってあの頃とは比べ物にならないくらい成長した。
だから一人で生きていけると思っていたし、今でも思っている。
なのにこの差は何だ。
あぁくそ。
何だ皆して。
「<first>、お前もメロン食うか?」
さっきから遠くの方でわいわいやっていたシャンクスの声が思考を遮る。
「要らないよ!」
ぐしゃぐしゃと片手で髪を掻き乱して乱暴な足取りで自室に向かう。
皆からの不思議そうな視線を受けたが、そんな事は今構ってらんない。
いつの間にシャンクスの輪に加わっていたベンの綻んだ口元が、ガキ、と動くのが見えた。
あぁっだからもう。
この船を降りたくなるんだ。



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