「<名前>?」
食満の口から出た聞き慣れぬ名前に私は首を傾げた。
「あぁ。うちの組の奴だよ」
続けて言うそれに私は更に訳が分からなくなる。
六年もいるのだ、例え同じ組でなくともは組の面子はわかる。
しかしその中に<名前>という名前の男はいないはずだ。
「二年前に先生が連れてきたんだが最初の紹介以来一度も教室に顔を出さない。
目は合わないし話し掛けても無視するし、当初はそんな<名前>が気に入らないと陰湿ないじめをしようとしてた輩がいたんだが――」
そこまで言ってから食満は声を潜めた。
存在していないはずの奴がいるなどまるで怪談話か何かのようで、もしかしたらそうなのかもしれないと耳を寄せる。
「消えるんだ。まばたきすればもう目の前から消えてる」
「・・その話あまり面白くないぞ」
笑みを浮かべて食満の肩を叩く。
緊張したような食満の表情は役者さながらだったが何より話が陳腐すぎる。
だったらいっそそのいじめをしようとしていた奴が消えた方が恐怖を煽るってもんだ。
「冗談で言ってるんじゃない」
眉を寄せた食満は困ったようにため息を吐く。
「お前が<名前>と授業をサボったって聞いたから忠告してやろうとしたんだ」
「は?」
聞けば聞くほどわからなくなっていく。
そもそも授業をサボったって言っても私が授業をサボることなんて――あ。
「裏庭にいた奴か」
私の反応に今度は食満が怪訝な顔をした。
「お前<名前>のこと知らずに近寄ったのか?」
確かにおかしな奴ではあったが敬遠するほどではない。
むしろああいう奴の方が興味が湧く。
食満も同室の長次もいい奴だが、それとはまた違うのだ。
「なんならお前もあいつと話してみればいい」
思い付いて言うと食満は目を見張った。
「ぅえっ? 俺はいいよ」
そんなこと言わずにと伸ばしかけた手をすいと避けられる。
「あー・・なんだ、まぁそんな噂もあるって伝えに来ただけだ」
巻き込まれまいと話を切り上げる食満は私の言葉を待たずに立ち去ろうとした。
そうまでして関わりたくないものだろうか、私にはそれがわからない。
「おい――」
「お前のことだから大丈夫だろうがな。じゃあ俺は授業があるから」
そのまま歩いていってしまう食満の後ろ姿に私も授業はあるが、と胸中で皮肉を言った私の足はしかし別の方向に向いていた。
そこまで言われたら余計に気になるってもんだろう。
消えるというのならそれもいい。
どんな武器より忍術よりそっちの方がきっとずっと面白い。
知らず私の口元には笑みが浮かんでいた。



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