綺麗だと思った。
怜悧な目付きと伸びた背筋と、歩くたびにさらりと揺れる髪と。
変装を武器とする俺がそうすることを躊躇うほど、彼は美しく唯一だった。
それでも木の上で彼を眺めていた俺がそうしたのはきっかけが欲しかったのだろう。
「五年ろ組の鉢屋三郎」
彼に変装した俺を見上げ、彼は表情も変えぬまま俺の名を呟いた。
「何で分かったんだ?」
驚かせるつもりが逆に驚かされてしまった。
話したことがないどころか、俺は彼の名すら知らない。
「変装が得意だって有名だよ?アンタ」
微笑みもせず告げ、それきり彼は口を閉ざして俺を見上げた。
見切り発車で起こした行動だったため次に何をしていいのかわからない。
戸惑いを表情にしたつもりはなかったが、彼はその口元に薄い笑みを浮かべた。
「とりあえずさ、下りてきなよ」
微かな笑みだったがそれですら自分には真似できるものではないと、知らず俺の足は地面へと動いた。
吸い込まれるように、――導かれるように。



他の組と合同授業になることはあまりない。
だから俺が<名字>に会えるのは昼食の時だけだった。
互いの授業が終わるまで片方が廊下で待っているくらいの仲なのだから、友達と言ってもいいのだろう。
しかし俺は<名字>が俺と友達であろうとしているとはとても思えなかった。
「アンタさ、変装しながら飯食ってて面倒じゃないの?」
茶碗を手に箸を止めた<名字>が不意に口を開く。
今日初めて<名字>から振った話題だ。
「あまり違和感はない。まぁ慣れだな」
今の俺はいつものように雷蔵の変装をしていた。
朝食も昼食も夕食も一人で食べることはほとんどないため、むしろ変装して物を食べている回数のが多いくらいだ。
俺の返事に<名字>はふぅん、と自分から聞いたくせに気のない返事をして食事を再開した。
【アンタの昼飯の時間を僕にくれない?】
数週間前に<名字>に告げられたその言葉が頭に浮かぶ。
最初は何を言ってるのか訳が分からなかったが、つまりは毎日一緒にお昼を食べようということなのだと気付いた後も、照れもせず告げた<名字>の真意はわからぬままだ。
「なぁ、俺と飯食ってて楽しいか?」
もともと無愛想なのかそれとも俺に向けないだけなのか、<名字>が笑うことは稀だった。
ニコリともしないとはよほど人嫌いか俺嫌いかのどっちかに違いない。
「・・アンタは?」
目だけを上げて俺を見た<名字>は答えずにそう聞き返す。
なんて言おうかと迷ってる間にも<名字>はじーっと俺を見つめていた。
「俺はまぁ、楽しいよ。お前俺の周りにいないタイプだしな」
俺の返答に<名字>は表情を変えることもなく、漸く俺から視線を外す。
「ならいい」
そう言って話は終わったとばかりに白飯を口に運ぶ<名字>の解答は結局わからずじまいだ。
・・何がしたいんだか。
まったく読めない<名字>に胸中でため息を吐く。
それでもこいつを独占してるならまぁいいかと、味噌汁を啜りながらその綺麗な顔を盗み見た。
楽しいと言うよりは嬉しい≠セろう。
自分がこの不可思議な美人に惹かれていることには、とっくの昔に気付いているのだから。


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