「はい、これで大丈夫」
包帯を巻き終わり顔を上げたところで目の前の女の子の顔を初めてちゃんと見たような気がした。
昼食も済ませたところで午後の授業の為に教室に向かっている途中、足を引き摺って歩いているくの一の子を見掛けた時は手当てに夢中だった。
だから顔よりも挫いたらしい足に注意が行っていたのだ。
「ありがとうございました・・!」
僕よりは幾らか年の若そうなその子はそうお礼を言って頭を下げる。
「教室まで肩貸そうか?」
「あ、いえそんな! 大丈夫ですっ」
慌てたように首を振ったその子はもう一度お礼を言ってそそくさといなくなってしまう。
そんなに早く歩いたら余計に足に負担が掛かってしまうと心配していると、後ろからぽんと肩を叩かれた。
「あの子どうやら伊作に惚れたみたいだね」
「は?」
振り返ると仙蔵が口元に笑みを浮かべてそんなことを言う。
「ただ手当てしただけだけど?」
何処をどう見てそう思ったのか理解できないと、妙なことを言う仙蔵に首を傾げながら問い返す。
「君が肩を貸そうとした時なんて顔が真っ赤だったじゃないか」
見てなかったのかい?と変わらずニヤニヤしながら言う仙蔵にやはり僕は頭を悩ますばかりだ。
「そんなことないと思うけど・・」
仮に仙蔵の言っていることが本当だったとしても、と思ってしまった僕は薄情な奴だろう。
しかし片想い六年目に突入した僕にとって見れば名前も知らないような子よりはその相手に好きだと思われたい。
「あ、いたいた!」
どくりと心臓が鳴ったのはその声にあり過ぎるほど聞き覚えがあったからだ。
「次の授業がグラウンドに変更になったんだって」
仙蔵に視線を遣りながらそう告げた彼は<名字><名前>だ。
仙蔵と同じ組の<名前>は仙蔵と仲が良く、四六時中一緒にいるといっても過言ではない。
「あぁごめん、話中だった?」
ふと目を向けられて体が固まる。どくりと跳ね上がった鼓動に一瞬胸を押さえそうになった。
「いや大丈夫だよ」
ただ目が合っているというだけでくらくらする。緊張に血が昇るのがわかって、どうか顔が赤くなっていませんようにと<名前>の目を見つめながらそんなことを願う。
「そろそろ行こう<名前>、遅れるといけないから」
言う仙蔵に<名前>の視線が移った。
ホッとしつつも何処か惜しいような気持ちで<名前>と仙蔵を見送る。
「じゃあ伊作またね」
手を振る<名前>にひらひらと振りかえした。
同じ組なら良かったと何度思っただろう。
遠ざかる後姿の眩しさに目を細めた。
いつからだろう、<名前>を想うことに切なさばかりが募り始めたのは。



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