<名前>に初めて告白した時から<名前>と出くわす機会が増えたような気がする。
もしかしたらそれはただ、<名前>と会うことに気まずさを覚え始めている所為であるのかもしれないが。
「長次」
用具室に前の授業の片付けに来ていた私の名を、入り口で誰かが呼ぶ。
声を聞いた時点で振り返らずとも解っていた。
それでも私は振り返り、さも今気付いたというように名を呼ぶのだ。
「<名前>」
気まずさを覚えているのは私だけなのだろう、<名前>は私から目を逸らすこともしない。
「棒手裏剣を取りに来たんだけど余ってる?」
どうやら前の授業に私達がやったことをこれから<名前>達は組がやるようだ。
「ここにある」
手元の箱を示すと入り口に立っていた<名前>が歩み寄る。
躊躇いもなく私のすぐ隣に立つ<名前>の顔はいつもと同じく涼しい。
「じゃあね」
<名前>は私を一瞥し、箱を抱えて用具室の出口へ向かう。
「危な――」
声を掛けたときには既にその身体は傾いていて、足元に転がっていた箒に躓いた<名前>は後ろ向きに倒れる。
咄嗟に伸ばした手がその頭に触れると同時に、箱を投げ出した<名前>は私ごと地面に倒れた。
左の手の甲と肘と膝に鈍い痛みが生じる。
「大丈夫か?」
何とか<名前>の頭に手を添えられたが抱えることも受身を取ることも出来なかった。
私を見上げて呆然としている<名前>は小さく腰が痛いと呟く。
「ありがとう長次」
驚きの抜けない様子で私を見上げたまま<名前>が告げる。
かつてないほど近く私を見るその眸の中に自分が映っていた。
その頬は変わらず白いままでその唇は硬く閉ざされたままで。
それは錯覚なのだろう。
今の<名前>の目には、頭の中には、私しか存在しないようなそんな気がした。
「・・好きだ」
何度も告げたはずのその台詞に<名前>は初めて目を見張った。
「知ってる」
いつもの言葉を返す<名前>の表情はしかしいつもと違っている。
眉を下げて唇を震わせたそれは何処か泣きそうだった。
「なら何故お前は私を好きではないと、そう言わない」
都合の良い幻想でも構わなかった。
ずっと引っかかっていた事を口にして胸の中が妙に軽くなる。
空いた胸のその隙間に入り込んできたものは衝動であったのだろうか。
惑うように口を開けた<名前>のその唇を塞いだ。
「ん・・!」
力ない掌が私の胸に当てられ、身体を押し返そうとする。
僅かに唇を離し、吐息の触れる距離のまま告げた。
「拒む理由などないだろう?」
驚きに見開かれた眸がぼやけた視界に映る。
それでも<名前>の口からは何の言葉も出ない。
熱の逃げないうちに再びその唇を奪うと、<名前>は抵抗することなくきつく瞼を閉じた。
眉を寄せて睫毛を震わせる。
悲痛な顔をするその胸の内など、私には知る由もなかった。



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