いつからか<名前>は表では嘘吐きで裏では泣き虫になっていた。 傍にいなければ気付かない、しかし確かなその変化が全て一人の男の所為であるのだと思うたびに何ともやりきれない気持ちになる。 しかし逃げ場を作ったのは俺だ。 嘘吐きにさせているのが長次であるならば、泣き虫にさせたのは俺なのかもしれない。 俺にそこまでの影響力があるとも思えないが。 そんなことをぼんやり考えながら腕の中の<名前>を見下ろす。 時々頭が揺れるのはしゃくり上げているからだろう。 声を殺すことばかり上手くなった<名前>が痛々しい。 抱き締められるのが泣いている時だけという俺も、随分滑稽ではあるけれども。 「文次郎! 用具委員の予算が先月の八割に削減とはどういうことだ!?」 不意に長屋の廊下からそんな声が響く。 どうして俺の周りにはこうタイミングの悪い奴が多いのか。 「っ・・!?」 びくりと肩を跳ねさせた<名前>を咄嗟にうつ伏せに押し倒した。 ノックもなく障子が開かれる直前、自分の袴の帯の結びを解く。 「説明してもらうぞ―――・・」 目を吊り上げていた留三郎がぴたりと動きを止め、その表情を驚きに染める。 障子とは逆の方を向く<名前>の首筋に唇を寄せていた俺は横目でその様子を見遣った。 「悪いな、あとでも良いか?」 くそ真面目な顔に朱色を昇らせた留三郎は口をパクパクさせながら答える。 「あ、わ、わかった・・その、すまない!」 律儀にもそう謝ってぴしゃりと障子を閉めた留三郎が逃げるように廊下を走る音が遠ざかる。 少し強引過ぎただろうか。 思い<名前>の顔を覗き込む。 その頬はやはり濡れていたが涙は止まったようだった。 「やりすぎたか?」 首を振る<名前>はまた小さく謝った。 謝って欲しいわけじゃない。 留三郎が誰かに広めるような奴だとは決して思わないが、俺は誤解が広がってもいいとさえ思っているような男なのだ。 「手ぬぐいを濡らしてくる」 袴の帯を結びながら罪悪感に耐え切れず<名前>から離れた。 ・・一体、いつまで。 廊下に出てため息を吐いた俺は何度目かになる思いに空を仰いだ。 |