根が良い奴だということは知っている。
人を貶めるようなことは決して言わないしお節介といっていいほど気を遣う。
そんな男が一体どういうつもりで好きだと告げてきたのか、わからない訳ではなかった。
「長次」
遠くからでもすぐに居場所のわかった長身の男に声を掛ける。
顔を上げた長次は相変わらずの仏頂面だ。
「松千代先生から図書委員会の帳簿を預かった」
差し出しながら用を言うと、あぁと長次は納得したように声を漏らした。
「わざわざすまない」
受け取る長次はいつも通りだ。
「次は野外訓練だろう?」
相槌を打つと長次は僕を見たまま、何の躊躇いもなく続ける。
「早く行ったほうがいい」
これがこの男なりの優しさなのだろう。
喉の奥から出そうになった言葉を飲み込んでその目を見つめ返す。
「わかってるよ」
あの告白がなければ僕たちの関係はもう少しましなものだったのかもしれないなんて、考えるのはそんなことばかりだ。
好きだと告げられて僕は何て返せば良かったのだろう。
本当に言いたかった言葉は今でも宙を漂っている。
その場を動かない僕に長次は不思議そうに目を丸くする。
「どうかしたのか?」
今更なのだ。何を言うにも。
「何でもない」
告げて背を向け、逃げるように校庭に向かう。
長次がもう少し狡猾で聡い男であったなら僕も何か違ったのだろうか。
それでも僕は、この呆れるほど単純で鈍い男のことが心の底から愛おしかった。


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