<名前>から受け取る学費が綺麗なお金でないことは知っていた。
一年は組のきり丸のようにアルバイトをしている様子などなく、むしろ夜中に学園を忍び出ているくらいである。
そして真夜中の巡回の最中、私は庭に降りる<名前>を見つけた。
「<名前>」
名を呼ぶと真っ黒な忍装束に身を包んだ<名前>が振り返る。
私を見てぱちりと目を丸くした。
「先生・・」
<名前>が私を避けているのは拾った当初からであった。
実際こうやって<名前>と口を利くのも数ヶ月ぶりだ。
「何処に行くんだ」
聞かずともわかっていた。
学園の周りを妙な奴らがうろついているのは今に始まったことではない。
私の問いに<名前>が答えることはなく、長い沈黙の後にその唇が開く。
「僕が過去の全てを捨てたら、僕はここの生徒になれるのかな」
表情ひとつ変えることなく淡白に<名前>が告げる。
その眸は目を見張る私を見つめていた。
「お前を拾った時から、お前はずっと私の生徒だ」
一片の躊躇いもなく口から出たその台詞の何処にも嘘などなかった。
私の言葉に<名前>はその眸を細めてそっと微笑む。
「ありがとう、先生」
そのまま塀の向こうへと消えていった<名前>がいた場所をぼんやりと眺める。
<名前>が笑うところなど一度も見たことがなかった。
記憶を失くし、それでも付き纏う暗い過去の影に<名前>は生きることを諦めているようだった。
学園を拒み私を避ける<名前>に、あの日<名前>を生かしたことを恨まれているかもしれないと。
恐れ逃げていたのは私だったのかもしれない。
「・・・礼を言われるようなことなど何一つしていない」
呟く声に帰ってくるものなどなく、私に出来るのはあの子が幸せであるようにと祈ることだけだ。
今までもずっとそうであったように。



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