<名前>は組は違えど一年の頃から親しくしている友人だった。
些細なことでも良く笑う<名前>といるのは楽しく、授業の合間や食堂などでも話をすることが多々あった。
そんな<名前>のことを私は何も解っていなかったのだと知ったのは、自主練を終えた夜の中庭に<名前>の姿を見つけた日のことだった。
「<名前>」
声を掛けると切り株に座ってぼんやりしていた<名前>が私の方を振り向く。
「あれ」
目をぱっちりと見開き、大げさなまでに<名前>は驚いてみせた。
「自主練してたの?」
<名前>の格好は忍装束ではなくもう風呂にも入ったのだろう寝巻きに下駄であった。
「あぁ。お前は何をしていたんだ」
聞き返すと<名前>は首を傾げる。
「んー何となく眠れなかったから」
小さく笑みを浮かべる<名前>は何処か無理をしているようで、何気なく<名前>の隣に腰を下ろす。
「何かあったのか」
一瞬だけ目を丸くした<名前>はそれでもすぐにいつもの笑みを浮かべた。
「何にもないよ」
告げた<名前>は逃げるように立ち上がる。
「さ、そろそろ寝なきゃ。長次も風呂入んないと風邪引くよーっと、と」
くるりと私に背を向けるように方向転換した拍子に躓いたのか、<名前>がそのまま私の方に倒れこむ。
「危ない!」
咄嗟に立ち上がった私は支えるように<名前>の両肩に手を添えた。
「あ、りがと長次」
焦ったような<名前>が上を向く。
「っ・・!」
互いの顔がぼやけるほどの至近距離で私達は目が合った。
ふわりと漂ったのは石鹸の匂いだろうか。
月明かりを映した<名前>の眸が、ぱちりとひとつ瞬きをした。
「長次・・・」
私の名を呟いた<名前>が唇を寄せる。
ぐい、とそのまま<名前>を引き離した自分の行動に私は自分で驚いていた。
「あっ、えっと」
我に帰ったように<名前>は目を瞬く。
「ごめん、何やってんだろ・・!」
<名前>の頬が赤く染まるのが見えた。
私に何が出来るわけもないのに、浅ましくも一度離した手を伸ばそうとする。
「<名前>――」
「おやすみ!」
私の指先に怯えるようにびくりと身体を竦ませた<名前>はそのまま背を向けて走り去る。
最早声を掛けることなど出来るはずもなかった。
消えゆく<名前>の背を眺めながら残された私はいつから、とそればかり頭に浮かぶ。
いつから<名前>の中で私は友人でなくなっていたのか。
その出来事から一ヶ月近くたった今でももちろんその答えは出ずにいる。
反対側の校庭で授業をしているい組に視線をやると、無意識に<名前>を見つけた。
あれから<名前>とは一度も会話をしていない。
あからさまに私を避ける<名前>に私はどうすることも出来なかった。
私を前にした<名前>はいつも追い詰められたような顔をしてまるで今にも泣きそうだった。
不意に<名前>が私の方を見た。
掠めただけの視線はすぐに逸らされる。
余所余所しく痛々しいそれに、かつて友人であった<名前>の姿はもう何処にもなかった。



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