次の日も、その次の日も、小平太は言葉通りに桜の木の下へとやってきた。
屈託のない笑顔で僕を見上げ、いい天気だなと眩しそうに告げる。
僕はいつの間にかこの木から離れられなくなっていた。
人気も少なく、僕を隠すように生い茂る葉の隙間から空を眺めるのが気に入りだったこの木から、ただその理由だけではなく。
「お前といるのが好きだ」
僕の隣に腰をかけた小平太が不意にそんなことを言う。
目を向けると小平太はやはり笑みを浮かべていた。
「何で?」
考える前に口から出た疑問の言葉に内心僕は驚いていた。
どこか責めるような口調であったことも小平太は知ってか知らずか、何も気にしないように続ける。
「んー何だろうな。嬉しいんだ。一緒にいないと会いたくて仕方ない」
会っても大したことをする訳じゃない。
小平太は色々な話を聞かせてくれるが僕は自分から何も話さない。
ただここにいるだけの僕といて何が楽しいのか、何が嬉しいのか。
「・・よく、わからない」
眉を寄せて絞り出すように言う。
小平太の表情は変わらない。
僕の反応などまるで最初からわかっていたかのようだ。
「お前は私に会いたいとは思わないのか?」
そんなことはないと呟くように答える僕に小平太の笑みは崩れない。
僕が何を思い小平太の傍にいるのか。
全て見透かされているような気分だった。
「<名前>」
僕の名を呼んだ小平太の手が伸びてくる。
風に乱れた僕の前髪をそっと梳いて、そのまま頬に触れる。
こんな風に小平太が僕に触れるのは何も初めてじゃない。
僕はもう僕らの関係が何か言葉では表現できない妙なものになっていることに、とっくに気が付いていた。
「何が怖い」
笑みを解いた小平太が不意に告げる。
反射的に僕はその手を振り払っていた。
目を見開く僕に小平太は僕を見据えたままだ。
怖い、そう怖いのだ。
自分の正体を知ることよりも僕を殺しに来る奴らを迎え撃つよりも、小平太に好意を向けられることが何よりも怖い。
「待って。もう少し、待って」
何をと聞かなかった小平太はただわかったと頷いた。
宙に浮いたような何もない世界と、その外側。
踏み出そうとする僕の後ろ髪をもうずっと何かが掴んで離さない。



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