この黴臭い書庫にいると呼吸をする度に埃を吸っているような気分になる。
教師用の書物が並ぶここは生徒は立ち入り禁止のため誰も掃除せず、埃はもう何年にも渡って蓄積されていた。
そんな余り長居したくない場所で俺が十数分も足を止めているのは目的の書物が一向に見付からないからだ。
「おかしいなぁ・・」
その書物は一年生で習うものであり、い組はとっくに済ませているだろうし、ろ組も今は別の忍術を教わっているはずだった。
首を捻っていると書庫の入り口から足音がした。
視線を遣ると馴染みの薄い姿が現れる。
「探し物ですか?」
「え、ええまぁ」
まさか話しかけられると思っていなかった俺はついどもってしまった。
<名字>先生は俺より幾らか年上の、四年生教科担当の先生である。
男前というよりは美形という顔立ちをしていて怜悧な印象のある<名字>先生とはほとんど話したことがなく、また話しかけにくい雰囲気を持っていた。
「今度の授業で『双忍の術』について教えようと思ってるのですが・・」
告げると<名字>先生の目が丸くなる。
どうしたのかと思ったそれは視線を<名字>先生の手元に移したことで理解した。
「すみません、私が借りていまして」
今返すところなのですが、と続ける<名字>先生は俺が探していた本を差し出してくる。
慌てて受け取り俺より些か背の低い<名字>先生を見下ろした。
相変わらず綺麗な顔だと、思う。
長い睫毛が瞬きをする度に揺れる様が絵になるほどに。
「そういえばどうして<名字>先生がこれを?」
四年生で今更双忍の術など教えない筈だ。
それどころか双忍の術は基礎中の基礎である。
「あぁ最近毎週抜き打ちテストをしているんですが、一年生で習ったことから徐々に復習させていこうと思って問題を作るのに読み直してみたんです」
そうなんですかと相槌を打ちながら真面目な人だと印象を上塗りする。
真面目で大人しそうで、俺のクラスとはまるで正反対のような先生だ。
そしてその外見のせいか冷たい印象さえも持っていた。
「あ、では私は次の授業があるので」
告げて颯爽と立ち去る<名字>先生を曖昧な返事をして見送る。
その口元には笑みは浮かんでいるのだが、それすら人を跳ね付ける様に見えていた。
「・・・妙に緊張するんだよな、あの人と話すと」
その印象が悪いものか、と聞かれたらきっと俺は否定するのだろう。
俺の敬遠は決して嫌悪感から来るものではない。
得体の知れない胸の空虚を、ふわりと揺れる後ろ髪を眺めながら感じた。



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