黒板に書かれた文字はただの線にしか見えず、先生の解説も虫が鳴いている声にしか聞こえない。
前はもう少しまともに授業を受けていたような気もするが、今はとにかく鐘がなるのをぼんやり待つだけだ。
「じゃあ今日はこのくらいにするか、次回は――」
先生のその言葉に皆が筆や教科書を片付け始める。
とりあえず開いていた教科書を閉じて、皆につられるように立ち上がった。
「小平太、最近お前ちゃんと授業に出てるな」
クラスの奴が食堂へ向かう中、教室を出ようとすると先生に声を掛けられる。
「欠席が続いた時はどうしたかと思ったが、えらいじゃないか」
絶句した私を先生が気に留めることはなく、一人残された私はため息を飲み込み右手で口元を覆った。
会いたくない訳ではない、離れたい訳ではない。
ただ顔を見るたびに胸が騒ぎ出すのが居た堪れなくてもどかしい。
その理由がわかっているからこそ、そしてそれを気に入らないと思っているからこそ私はあいつの元へ行けなくなっていた。
「食堂に行かないのか?」
不意に掛けられた声にハッと顔を上げる。
恐らく最後なのだろう、教室から出て来た長次が相変わらずの無表情で私にそう尋ねていた。
「もちろん行くぞ」
無駄に明るい声が出たような気もした。
今日の昼飯は何かなど、まったく気にもしていないことを口にしようとした時だった。
「・・行くのは食堂でいいのか?」
欠片も隠すことの出来なかった驚きの表情を、長次は見過ごしてくれない。
「何、言ってるんだ?」
まっすぐに私を見つめたまま何を考えているのかわからない顔をして口を開く。
「いや。上の空になったのは姿を消さなくなってからだから、ついな」
私が何処に行っていたかなどもちろん長次は知らないのだろう。
だが私はすい、と長次から視線を逸らした。
責められているような気がした。
長次が私を責める所以などないのだ、私が本当に逸らしたかったのは長次の視線などではないとわかっている。
「長次」
もう長次の顔を見ることは出来なかった。
「食堂のおばちゃんに昼飯とっといてくれるように言っといてくれ」
返事も聞かずに向かう先はひとつしかなかった。
何がしたいのかわからぬままに歩く足を速める。
毎日のように足を止めた場所で同じように足を止め、毎日のように見上げた先を同じように見上げる。
ガラス玉がそこにあった。
「よお」
風に靡く髪も真っ白な肌もそしてその眸も、何もかもが美しかった。
まるでこの世のものでないような<名前>のその姿に惹かれ、きっとあの時私は声を掛けたのだろう。
「私は明日も来るし、明後日も来る」
これを手に入れることは恐らく私には不可能だ。
その眸に入り込むことは終ぞ出来なかった。
「いいだろ?」
だからせめてその眸を眺めていよう。
<名前>が見ているものが何なのか、いつか私にもわかるかもしれないから。
「うん」
それは私の願望であったのだろうか。
頷いた<名前>は何処か微笑んでいるように見えた。




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