昼飯の最中にふと視界に入って来たのはろ組の小平太だった。
他に席はいくらでも空いているだろうに俺の斜め前に座った小平太は、それでも特に俺を気にした様子もなく牛丼を食べ始める。
しばらくその様子を横目に見ながら昼飯を食べていた俺は、箸を止めて口を開いた。
「おい」
声を掛けたのはふと小平太があのは組の<名前>と仲良くしているらしいという噂を思い出したからだ。
牛丼にがっついていた小平太が飯を掻き込みながら視線を上げた。
「んぁ?」
このアホ面が何かを考えてあいつと一緒にいるとは思えないが、そうであるとしても浅はかだ。
もちろん俺は<名前>に関するあの怪奇的な噂を信じている訳では決してなかった。
「お前、何故<名前>と一緒にいるんだ?」
小平太は飯を食べていた手を止め、眉を上げて首を傾げた。
「いけないのか?」
その口の端についている米が俺の真剣さを削ぐ。
やはり何も考えていないに違いない。
「関わらない方がいい」
こっちが真面目な顔をして言っているのに、小平太はにへらと口元を緩める。
「何でだ?」
問う小平太はむしろ嬉しそうだった。
俺の話に耳を傾けながらも昼飯を再開している。
訳の分からない反応に俺が首を傾げたくなった。
「無害そうな顔して腹ん中は真っ黒だ。ほいほい着いてくと痛い目に遭うぞ」
俺がこれだけ<名前>のことを悪く言うのは根拠がある。
先月だろうか、深夜に部屋を抜け出して忍術の鍛錬をしていた俺はふと血の臭いがすることに気付いた。
鍛錬の手を止めて物陰に身を小さくして潜む。
血の臭いが濃くなっている、というのはその対象が近付いてきているということだろう。
しかし俺には気配を感じることは出来なかった。
明らかに傍にいる筈なのに掴めない。
恐怖を感じ始めた俺の目の前に一人の男がしゃがみ込んだ。
【っ・・!】
男の頬には血が散っていた。
見れば忍装束のいたるところに血が飛び散ったような染みがある。
決して滲み出たものではない。
【潮江・・文、次郎】
ぽつりと俺の名を呟いた男――<名前>はそれきり興味を失くしたように俺から視線を外して立ち上がり、裏庭の方へと消えて行った。
今まで言葉を交わしたことはなく、遠くから見かけることや変わり者であるという噂を聞いたことぐらいしかない同級生だ。
しかし同じ学園で忍術を学ぶ同級生に殺されるかもしれないという恐怖を一瞬でも抱いた俺は、もうあいつを同級生などという生易しいもので捉えることなど出来なくなった。
何より俺は感じることが出来なかったのだ。
ただの一度も、俺の前に姿を現す直前でさえ――あいつの気配は何処にもなかった。
「別にいい、痛い目に遭っても」
俺の返事を聞く前に小平太は口を開いた。
「それを期待して近付いたようなもんだしな」
可笑しそうに笑って小平太は盆を手に立ち上がる。
目を丸くした俺に小平太は変わらぬ笑みを向けた。
「忠告ありがとな文次郎。
 お前があいつに興味でも持ったんじゃないかと、正直ヒヤッとしたよ」
俺から離れ食器を片付ける小平太の後姿を視線で追ってため息が出た。
あんな穏やかな笑みをして俺の言うことは一つも耳に入っちゃいない。
俺が何故<名前>と一緒にいるのかと聞いた時点で小平太の関心は最後に言ったあれでしかなかったのだろう。
「・・・そのうち本気で泣きを見ても知らねぇぞ」
あの姿を見せれば小平太も少しは考え直すだろうか。
いや多分無理だろう、小平太のあの顔はもはや興味や好奇心からのものじゃない。
きっともう手遅れだ。


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