千切れた雲が空に帰って行くのを何度眺めただろうか。
空を見上げ物思いに耽ることしか最近はしていないような気がする。
しかしこれくらいしかやることがないのも事実だった。
自分が何歳なのかは知らないが生まれてから二年前までの十数年の記憶がない状態で何が出来るというのだろう。
廃墟となった村に連れて行ってもらった時、この胸の内は無感動だった。
悲しさも切なさも浮かばない。
それどころか懐かしさを抱いたのは家屋が焼け焦げた臭いや血まみれの地面にだった。
その懐かしさは以前学園で授業を受ける前に先生に実技の指導をしてもらった時と似ている。
僕は刀の使い方を知っていた、火縄銃の使い方をも。
記憶がなくとも、十数メートル先の曲がり角や塀の向こう側に人の気配を感じ取れることが普通でないのは解っていた。
「何も憶えてないってのは本当なのかよ?」
ぼんやりと夜空を見上げているとそんな声が掛かる。
ここ数ヶ月の間ずっと学園の塀の外に感じていた気配は僕を探っていたようで、皆が寝静まった深夜に学園を抜け出すと気配は僕に着いて来た。
僕との距離を徐々に詰めるこの男にも見覚えはないが、こんな風に僕を狙って来た奴はこれで四人目だ。
三人目を取り逃がしたからだろう、男は刀の柄を握りながらそう尋ねた。
「僕の過去を知ってるの?」
呟くように聞き返しながら、腰元から小刀を取り出す。
市で買った安物だったが人一人殺すのには充分だった。
「あ?当たり前だろうが。忘れたなんて都合が良過ぎるぜ、お前は――」
「いい」
強く地面を蹴ると男の喉元は目の前だった。
「知りたくないから」


* * *


障子を開けると殺風景な部屋が視界に入った。
あてがわれた部屋が一人部屋だったのは幸いだったが、忍装束や手裏剣などの支給された物以外に私物はほとんどないため、夜寝るためだけの部屋でしかない。
隅に畳んで寄せてあった布団を敷いて倒れるように寝転がった。
【君の村は・・・盗賊に襲われたようでな、私が村を訪れた時はもう君しか残っていなかった】
あの日死にかけていた僕を救ってくれた先生が言っていたそれが、何度も頭の中にちらつく。
それはきっと違うのだと、誰に告げるでもない否定の言葉は何よりも僕の正体を語っていた。


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